《MUMEI》 始まりU 「『イト』それが名前です」不本意そうに、視線を逸らす。 小さな溜息を一つ吐いた。 また、目を奪われる。 やっぱり、優雅だった。 ・・・でも、不思議と厭味な感じも、見下した感じもしなかった。 「―――・・・『イト』それが、名前です」 「イト、イト・・・」 口に出して反芻。 「イトは、あなた方のところでいう、天使という存在です。 天使は、このカマで死者の魂を狩り、天国へ連れ帰ります」 「じゃあ、やっぱり俺は・・・」 『死んだのか』その言葉が発せられる前に、イトは首を振った。 なぜか、横に。 「ここは、天国ではありません。 地上界と、天界の狭間。ここで、天国行き・地獄行きが決まります」 裁判所・・・みたいだな。 無罪か有罪か。 無罪なら、天国行き。有罪なら・・・か。 咽仏が上下する。 いつの間にか、生唾を呑みこんでしまったようだった。 (つまり、俺は判決待ちってことに・・・) 「ただ、あなたを連れてきた理由はほかにあります」 (なんか・・・、ことごとく俺の想像を裏切ってくれるな・・・) イトが、小さく息を吐いた。 一瞬だけ、逡巡する。 果たして、話していいのかどうか。そんな顔だった。 だが、それも一瞬。 再び、濃灰色の目に光が宿る。 「―――・・・天界の、初の試みなんです。 近年、なぜか怨霊が増える一方にあった。・・・特に、小・中・高生。つまり、学生です」 俺なりに考える。 学生の怨霊が増えている理由。 ・・・それと、俺がここに連れてこられた理由。 (そういえば・・・、俺は自殺だと思われていたんだよな) 自殺だと思われて、連れてこられた。 「自殺じゃないと、いけなかった・・・?」 学生、つまり学校に通っているもの。 学校に通っているものが、自殺するような理由。 「イジメ・・・か?」 イトが、忌々しげに頷いた。 「はい。そうです。 下等生物が下等生物を貶め、それによって自殺。 結果、怨霊が増えている。 ・・・明確で、分かりやすい」 愉しげな、イトの声。 含まれているのは、嘲り、軽蔑・・・。 「―――・・・・・」 口の中に、血の味が広がる。 いつの間にか、唇を噛み締めてしまっていたようだ。 (イチゴ味ならよかったのに・・・) 今は、呑気な考えも微妙にローテンション気味で、それがさらに俺の気分を萎えさせてくれた。 「そこで、天界の上層部は怨霊を減らすことにしました」 「どうやって?」 「・・・時間を巻き戻すんです。 大体は・・・、そう、3日間くらい。 そして、普通に生活させる」 俺の頭上に?マークが出現する。 (それじゃ、何も変わらないんじゃ・・・) 同じことを繰り返して終了、になるんじゃないだろうか? 「―――では、あなたは殺されたときの記憶があるとして、もし生き返れるならどうしますか?・・・この先起こることも、自分が3日の余命だということも知っているとしたら」 イトの声が、どこか遠くに聴こえる気がした。 遠くから、俺の神経に語りかけてくる。 『知っているとしたら』 驚くほどに甘美な響き。 甘い香りが漂う、一種の毒のような気さえしてしまう。 自分の身体が、蝕まれているとも知らずに、気が付いたら・・・。 咽仏が上下する。 今度は、故意に。 「やりたい放題・・・にする。 イヤなことは全部回避して、多分、殺した相手を・・・突き止める」 きっと、自分ならそうする。 「3日だということを知っていたら、もっと大胆になるかもしれません。 ・・・これまで以上の、鬱憤晴らしがありますか?」 ない、だろう。 少なくとも、俺には思いつかない・・・。 「―――でも、リスクが高いのも本当です。 だからといって、何もしないわけにはいかない。 ・・・結局、ものは試しというわけです」 「・・・そこで、俺が選ばれた」 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |