《MUMEI》
始まりV 「始末書は、書かなくていい」
 イトが頷き、曖昧に笑った。

「まぁ、手違いでしたが・・・」

 そう言って、肩を落とす。

「始末書ですか・・・」

 がっくりと、イトが項垂れた。

 それに連動して、周りの空気も重くなる。

 いちいち動作が優雅で、俺の目を奪い、そのうえ、なぜか嘲笑がよく似合っていた少女とは思えなかった。

(こうしてると、年相応に見える)

 ・・・年、知らないけど。

「・・・取り敢えず、以上で状況説明は終わりです。
 満足しようが、しまいが、ここまでです」

 イトが、再びカマを構えた。

(あーぁ・・・。これで俺も終わりか)

 いい加減、腹をくくる。

 イトの事も知れたし、もう悔いはない。

 俺が、怨霊化するなんてこともないだろ―――・・・。

 思考が、数秒停止する。

 そして、高速回転。

 自分の考えに、謎の汗が出てくる。
 この考えは・・・、正しいだろうか?

(分からない、分からない。
 ・・・そんなこと、分からない)

 イトが、カマの先を俺に向けてきた。

 表情は窺えない。

 だが、多分事務的な、無表情だろう。

 悩む時間は・・・ない。

(ものは試しだ・・・!)

「―――始末書は、書かなくていい」

「は?」

 イトのカマが、ぴたりと停止した。

 訝しげに、俺を窺う。

 ・・・眉根の寄せ方が、ハンパじゃない。

「俺は、自殺したと思われていた。・・・だから、連れてこられた」

 そこで、俺は一息吐いた。

 謎の汗は止まらず、俺の身体を冷やしている。

 ―――火照るのと、どちらがマシだろうか?

 ・・・どちらも嫌だ。

(平常心、平常心・・・!)

 息を、整える。

「俺が、怨霊化する見込みがあったから。・・・そうだよな?」

「そうです・・・ね」

 イトの表情が、強張ってきた。

 ・・・俺の言いたいことが伝わっただろうか。

「っていうコトは、例え自殺してなくても、怨霊化は・・・できるんじゃないのか?」

 これが、俺の考えだ。

 つまり、生き返らせてくれないと、怨霊化しちゃうぞ、と俺は言っている。

「・・・天使を脅す気ですか?」

 イトの咽が上下した。

 ぎりりと、歯軋りが聞こえてきそうだ。

「あんたには、これくらいが丁度だって学んだから」

「―――・・・・・・・」

 何か言いたげな視線を、軽く受け流す。

 微かに、笑う気配がした。

「あなたに時間を与えるくらいなら、始末書を書いた方がマシかもしれませんね」

 で、冒頭に戻るわけだけど。

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