《MUMEI》

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部室を片付け、学校を出ると既に5時を回っていた。

榊原との約束まであと2時間。

その頃俺は無事で生きているんだろうか、と思わず遠い目をする。自分に任せておけば大丈夫だ、と榊原は断言していたが、実際のところ根拠もないので、結果としてどう転ぶかはナゾだ。もっとも、犬神や祟り云々よりもアイツが一番信用ならないが。


憂と並んで下校し、いつもの分かれ道にたどり着いた。

彼女は普段通り何も言わず自分の家へ向かって歩き出したが、ふと思い付いたことがあったので、その華奢な背中に声をかけた。

「…ねぇ」

俺の声に少し遅れて憂は振り返る。長い黒髪が肩を滑り落ちた。

「今日、帰ってからどこかに出掛ける用事ないよな?」

不自然で唐突な質問に一瞬眉をひそめたが、彼女は頷く。

「特にそんな予定はないけれど」

何?と続けざま返される。俺は、別に、と素っ気なく答えた。素っ気なく答えながら、安心していた。


―――今夜、犬神を調伏する。


その時、憂が居合わせることがなければ、彼女の安全は間違いなく守られる。


それを確認したかったのだ。


俺はまだ怪訝そうな顔をしている彼女に、だよな、と鼻で笑って見せた。

「君に限ってそんな予定があるわけないもんな」

友達がいないんだから、という台詞は言わないで置いた。
憂は眉をつり上げる。

「機嫌が悪いからって、わたしに八つ当たりするのはお門違いよ」

機嫌が悪い、というのは恐らく部室での俺の態度のことを言っているのだろう。二人の間にはまだその時の空気がわだかまったままだ。

八つ当たりしたつもりではなかったのだが、しかし俺が榊原の調伏に立ち会うことになった原因は他でもない憂のせいなので、あながち間違っていないな、などと他人事のように考えた。

そして、それを思い付いたのと同時に、彼女に対し穏やかに接することを癪に思った。

「まぁ、せいぜい家でオカルトサイトでも見てろよ。明日の活動のネタでも仕入れとけ」

わざと刺々しくそう言う。このくらいの言葉は許されるだろう。

彼女は不本意そうな顔つきになり、言われなくてもそうするわ、と吐き捨てるように答えた。思った通りの反応だ。これで彼女は今夜、意地でも新しいオカルトネタを調べるに違いない。

じゃあな、と俺が言うと憂は一度だけ瞬き、それからゆっくり踵を返して歩き始めた。

小さくなっていく背中をしばらく見つめた後、俺も逆方向へ向かって足を踏み出した。



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