《MUMEI》

「……この気配は、御影。これを、奪いに来たのか」
「……俺を?」
「その様だな。いっそ、お前など引き渡してしまおうか?」
「……っ!」
「お前にしてみれば日向も御影もあまり変わらない。」
そうでしょう?笑みを向けられ
だが今の市原には答えて返す術等なかった
今縋っているのはこの腕
離してしまったらどうなるか分からない
それはひどく恐怖を覚える事だった
「日向を、いや、僕を選ぶか。良い選択だ」
満足したかのように喉の奥で笑いながら
焔は唐突に市原の衣服へと手をかける
裾をたくし上げられたかと思えば、その手が丁度心臓の辺りに触れ
その所為か全身がざわつき、鼓動が濁った音を立てた
自分の心臓の音はこんなにも醜い音を立てていたのだろうか、と
耳を疑いたくなる
「……助け、て。嫌ぁ……!」
この音を聞いていたくはない、助けてほしいと
市原は焔へと縋る手を伸ばした
その手を取ると焔は市原の身体を引きよせ
抱え上げたかと思えばそのまま外へと向かう
また何所へ行くつもりなのか
虚ろな視界の中、通り過ぎて行く景色を見ていた市原の目の前に
見覚えのある人影が現れた
「……日向。それを、寄越せ。それは、御影の影守だ」
現れたのは、影早
焔の前へと立ちはだかると、間をおく事無く迫り寄ってくる
そして素早く脚を蹴って回すと、市原と焔を引き離す事に成功する
「影守、こちらへ」
差し出される手
果たしてその手は取ってもいいソレかが解らず
躊躇していると
「……何を、してる。早く」
待つ事に飽いたらしい影早が市原の手首をつかむ
途端に全身がざわつく事を始め
その余りの違和感に、市原は影早の手を振り払っていた
「嫌、だ。さわる、な。嫌だぁ!」
頭の中も、視界も、段々と黒に染まり
指先が、脚が、そして全身が、その色に染められていく
彩りの浸食が意識にまで及んだ、その時
市原の全身から影の様な黒いものが溢れ始める
辺り一面を追い尽くす程の黒に市原も染められ
何モノの視界からも姿を消してしまっていた
「……影、守?」
どろりと溶け出していくかの様にその姿はな消えてなくなり
影早、焔は辺りを見回し始める
だがその姿はどこにもなく
市原が居た筈のその場所に
濃く赤黒い影が残されただけだった……

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