《MUMEI》 「何が?」 「引っ越しだよ。あれやこれやまた支度すんのが面倒で」 「お前ね。そんな事より自分の貞操の方の心配しろよ。何かあってからじゃ遅いんだぞ」 「あいつ、そんな危ない奴には見えねぇんだけど」 「それだよ。その油断が命取り。ムッツリスケベって可能性もあるだろ?」 「ムッツリスケベって……」 「兎に角だ!まずは相手をよく知ることからだな!」 「は?お前、何言って……」 「行くぞ!真幸!」 何を考えているのか唐突に席を立ち、勢いそのままに井上の襟首を掴み上げる そして井上が異を唱えるより先に大学を飛び出していた 午後からの講義を全てサボるつもりなのか 全力疾走する友人へ、何所へ行くつもりなのか怒鳴る様に問うてみれば 「その野郎を見に行くんだよ!会社何処だ!?」 「はぁ!?知るかよ!聞いてねぇんだから!」 向かう場所の見当すらつけず、飛びだしてしまった友人へとまたどなり散らし その脚を、腕を引く事でとめていた 気付けば随分と歩いていたのか 表通りのオフィス街間で来ていた事に漸く気付き 気付いた事で疲労感に襲われ、手近なベンチへと取り敢えず腰を降ろした 「……少しは考えて動けよ。お前」 井上がすっかり脱力に愚痴った、次の瞬間 「……お前」 向かいから知った声が聞こえてくる 名を呼ばれ、顔をそちらへと向けてみれば 其処に田部の姿 昼食でも買いに出ていたのか、その手にはコンビニの袋 ついそれを凝視してしまえば 「……何か、食う?」 袋が差し出される 昼食をつい先程食べたばかりだったのだが一応は覗き込んでみれば その中には大量の甘いパン どれもこれも甘味が強そうなそれで 意外に見えるその品々につい田部の方を見やる 「何?」 すっかり凝視してしまっていたのか ソレに気付いた田部が首を僅かに傾げながら問うてきた 顔を間近に寄せられ 突然のその近さに動揺し、つい口籠ってしまえば 田部はその口元に子供の様な笑みを浮かべて見せる 「……これ、やる」 そう言いながら田部が袋から取って出したのは 生クリームとあんこのたっぷり入ったデニッシュ ソレを井上の手へと握らせると、踵を返し 後ろ手に手を振りながら田部はその場を後に その背を暫く見送っていた二人 井上は徐に友人の方へと向いて直りながら 「……で?あいつがどんな奴かわかったか?」 「は?」 「は、じゃねぇよ。あいつがどんな奴か見に行くっていたのお前だろ」 ついさっき言いだしたことをもう忘れたのか、と怪訝なかをして向ければ 友人は田部が歩いて行った方をまた見やりながら 「……変な、奴だな。まぁ害はなさそうだけど」 「あっそ……」 結局大した感想にはならず 無駄な時間を過ごしてしまった、と井上は身を翻す 何処へ行くのか、との問いに 「夕飯の材料。あそこの冷蔵庫何にもなかったから」 「お前が、料理すんの?」 おかしくないか、と相手 言われてみれば、と井上も脚を止めまた友人へと向いて直っていた 「……今のお前、まるで新妻みたいだったぞ」 ヒラヒラフリルのエプロンの幻覚を見てしまった、と舌を出す 無意識な行動だった故に改めて指摘されると気恥ずかしく 「バッカじゃねぇの!!」 つい怒鳴り散らし、その場を後に 怒りもそのままにスーパーを訪れ、夕飯の材料を物色し始める 「……あいつ、何食うんだろ?」 一体何を好んで食すのかが全く見当が付かず 食材を前に腕を組唸る事を始めていた 丁度そこで目に入ったのは、特売の豚肉と白菜 その二つを交互に眺め 「……蒸し鍋にでもするか」 アレなら簡単でしかも美味しいから、と 他の野菜も少しばかり購入し、店を出た 「あれ?井上さん?」 店を出掛けてぐ前にも美保と出会い 互いに取り敢えず挨拶にと会釈を交わす 「お夕飯の買い物ですか?」 「そう、だけど……」 「今日のメニューは?」 「……蒸し鍋、作ろうかなって、材料選んでたとこ」 「蒸し鍋ですか!いいですね〜。私もお兄ちゃんも大好きですよ」 良かったら一緒させて貰っていいか、との唐突な申し出 断る理由も特には見つからず結局 美保を引き連れ帰る事に 「あれ?お兄ちゃんってばまだ帰ってないみたい」 玄関の戸を開けようとして開かないソレに 美保が若干不機嫌そうな顔をしてみせる 前へ |次へ |
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