《MUMEI》

 季節外れの台風で、庭の柿の木の枝が揺らされている。海岸沿いの町なので、雨風の音に混じって、遠くから海鳴りが、まるで重苦しい呻きのように聞こえていた。
 雨戸を閉めて、念仏を唱える坊さんの背筋とは言えないような状態の障子も閉めたものの、間断なく聞こえる物音は、風の所為なのか、建てつけが悪いのか。
 ぼぅと盛大に上がった炎が、車座ではないが微妙に近づきあった顔々を、闇の中に浮かび上がらせる。
「七人ミサキ、というのを知っている?」
 鈍い赤銅色のライターを目の前にかざして、超絶的な美形の女が意味ありげに微笑んだ。気がついたように炎の勢いを落としていくのは、油を喰われてしまうからだろうか。
 不安そうな顔がライターの美人を抜かして六つ。
「それもお化け何ですか」
 妹尾皐月は、正座した足の膝からくるぶし辺りまで、無数に並んでいる横線を撫で擦りながら聞いた。
「海辺に出る霊、七人ミサキは怨霊だよ」
 彼女の隣に座った眼鏡の男が口を出す。顔を伺うと彼は半分眠ったような顔をしていて、肩をすくめた。
 皐月は、従兄弟に会うために、この海岸町にやって来た。田舎の風習は何かとややこしく、手間取って、帰路は遠く遅くなる。
 泊まっていけと言う叔父を断って、駅まで来たはいいが、電車が一時間に一本しかないのである。
 時間を待つうちに、台風のもたらした雨風がしだいに強くなり、電車は不通になってしまった。
 駅は無人で、客もいなければ駅員もいない。いわゆる無人駅に取り残されて、皐月は途方に暮れていた。「電車、止まりましたよ」
 待合室の前に傘をさしてやって来たのは、現在皐月の隣で欠伸をしている男であった。彼に知らされなければ、いつまでも電車が来るのを待っていただろう。
 叔父の家までは、遠い。
 男の好意で、比較的近くにあるという、彼が泊まっている建物で雨宿りをさせてもらえることになった。

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