《MUMEI》

助かった。

オレは心底そう思った。

「井下《いのした》さん。オレ……午後の授業、出ないと……」

もはや彼女の顔をまともに見ることができず、その場から逃れたい一心で校舎に向かって走り出す。

去り際に、彼女が口を開こうとする気配を感じたが、恐怖に駆られた脚が止まることはなかった。


「はぁ……」

深いため息が自然と出てくる。原因は、分かってる。

用件を聞くことはできたが、それに応えることはできなかった。それも仕方がないだろう。

詳しく説明してくれと、問いはした。しかしそれはできないと彼女が答えた。別にこっちが歩み寄らなかったワケじゃない。向こうがそれを拒んだ。

だから自分は悪くない。悪いとすれば、それは彼女の方だ。


――と言い訳したところで、その場から逃げ出したのはオレ自身。

自分という人間がどういう人間なのか……思い知らされる。なにより短慮《たんりょ》だった。

それで勝手にビビって、訊《き》くべきことが訊けなかった。

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