《MUMEI》

 目の前が、真紅に染まっていた
どろりとした水滴が頬へと飛び散り、その足元にはヒトの死体
人の往来が多いそこで当然の様に聞こえてくる誰かの悲鳴を聞きながら
生臭いソレを、鼻の奥に感じながら、その人物・小澤 子規は口元に笑みを浮かべて見せる
喉の奥で押し殺すかの様に笑い出した小澤を
その狂気が滲んだ様を見ていた群衆の中の誰かが通報したのか
掛け付けてきた警官が取り押さえに掛った
抵抗など、しない。これを、待っていた。
ジーンズの左ポケット、手を突っ込んだ其処にあった紙切れを握りしめながら
成すがまま掴まった小澤は然るべき場所へと向かわされ
取り調べでは全てを認めた
何が目的だったのかと問われ、だがソレに答える事を小澤はしなかった
唯、とある場所に行くため
それだけの為に、無関係な人を殺した
「……俺は疾うに狂ってんだよ」
この後、自身が連れて行かれるだろう(あの場所)を知っておきながら
それでも小澤は歪んだ笑みを崩す事をしなかったのだった……


 「着いたぞ。出ろ」
狭苦しい車へとあの後押し込まれ
補整も成されていない砂利道を走り続けてから数時間
漸く車は停まり、到着した其処は
古びた洋館が佇む深い森の奥
今にも崩れそうな程程のその建物を小澤は見上げながら
やはり笑みを口元に浮かべたまま
開け、と促されるがままその戸を開く
「小澤 子規。……待っていた」
出迎えたのは鬼の面を下部た、恐らくは少女
抑揚の無い声
無機質な仮面動揺に、その下の面の皮も表情はないのだろうと
小澤が僅かに少女の方を見やれば
自身が被っている者と同じ鬼の面を小澤へと手渡してくる
コレを被れと言っているのか
小澤がソレを受け取ってみると、少女はそのまま踵を返した
付いて来いと手招かれ、その後に続けば
通されたのはアンティークな家具が鮮やかな彩りを添える居間
その中央に置かれているテーブルに
先客だろう五人が既に座っていた
「……これで、全て揃った」
小澤へも椅子へ座る様促し
言われた通り空いていた席へと小澤は受け取った面を付けながら腰を降ろす
同じ様な鬼の面を付けた6人がテーブルを囲む異様な光景
すぐに紅茶がじゃこばれて来、同時に笛と和太鼓の音が微かに聞こえ始める
「……これは、お囃子?」
耳に心地の良いその音に、中の一人が少女の方を見やる
少女は紅茶を飲む手を置くと、徐に手を打った
「紅、アレを持ってきて」
何所へとも無く言い放った声へ返事があったのがすぐ
押して突然に現れたその人物が卓上に人数分並べたのはナイフと拳銃
ソレが各々へと配布される
コレを使って一体何をしようというのか
中の一人が怪訝な表情で問うた
「……あなた達はこの世で最も罪深い人間。ヒトを殺め邪に堕ちた」
その償いをする為に集められたのだと少女
皆がナイフと拳銃を取ったのを確認すると、また紅へと目配せをする
そしてまた紅が運んできたのは
朱の糸で編まれた縄
その縄で二人ずつ、手首同士を結び、互いに繋がれた
「……あなた達には、繋がれた者同士、殺し合って貰う」
少女からの提案に、ざわめく声が起こる
だが少女は構う事無く相変わらず抑揚のない声で更に続ける
「……相手を殺す事が出来ればまた次の相手。そして最後に生き残った者だけが全ての罪から逃れる事が出来る」
頑張りなさい、と漸く僅かに笑んで見せ、少女はその場を後に
他の者も割り当てられた部屋へ行く様促され
皆が一斉に席を立った
「俺たちも、部屋に行こう」
催促するかの様に縄が強く引かれ
皮膚とその縄がすれる僅かな痛みに顔をしかめながら
だがこのままこの場にいても仕方がないと小澤も腰を上げる
楽しそうに笑うばかりの相手を横眼で窺いながら
小澤は何故か嫌悪感を抱かずには居られなかった……

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫