《MUMEI》 翌日、目が覚めると屋敷の中に人の気配がなく、皐月は不安になった。 昨夜の出来事は夢だったのだろうか。 外は、すっかり台風が過ぎ去って、からりと晴れている。地面は、まだぬかるんでおり、車の轍が残っていた。 大学生四人組の、車の痕跡であろうか。 「起きた?北野さん達は急ぐからって、もう出たよ。近所の人が車、修理してくれてね」 屋敷内に戻ると博田がいた。昨日は眼鏡だったのが、今朝はサングラスをしている。 「朝飯。昨夜の残りのご飯で悪いけど、おにぎり」 「春歌さんは?」 かなり大きな塊を博田に手渡されて、皐月は持て余す。思わず右左とお手玉してしまった。 「海の方に行ってるよ。昨日は荒波で近づけなかったからね。おかげで滞在が延びちゃった」 塊に口をつけないまま、そうですかと答え、皐月は早々に帰ることに決めた。 電車も動いているはずである。 この屋敷での一泊は予定外であった。 帰る旨を伝えようと博田に声をかけようとして、皐月は視線に気がついた。 「何かついてます?」 サングラスを鼻からずり下げて、博田は皐月の顔をじっと見ていた。 おにぎりには手をつけていないから、米粒の類いではない。 顔というよりも、その奥のものを見透かすような視線であった。 「いや、ごめん。何も。…‥多分」 あやふやな返事に、皐月は訝しんだのだが、結局深く聞くことをしなかった。 なぜか怖かった。なぜだか、早くこの屋敷から、町から出たいと思っていた。 「気をつけてね」 あれは只のお話だよ。 別れ文句の後、不意に博田が何か続けて言ったように聞こえた。 「え?」 聞き返しても、返事はなかった。 気の所為だったのかもしれない。 前へ |次へ |
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