《MUMEI》

 「お二人はこれからこの部屋でお過ごしください」
案内されたその部屋は二人で使うには勿体ない程に広かった
中にはキッチン、トイレ、バスルーム
生活に必要な全てが大体揃っていて
部屋、というよりは家と言ってしまった方が正しい程だった
「……一週間ごとに様子を見に参ります。それでは、お互い存分に殺しあって下さい」
それでは、と使用人らしきその人物は深々と頭を下げその場を後に
二人きりになった室内
だが互いに交わす言葉はなく、その互いを繋ぐ縄が微かに揺れるばかりだった
殺し合え
先の人物は確かにそう言った
その為の獲物もある
だが、この人物が本当に自身が探す、(殺すべき相手)なのか
小澤にはそれを確かめる必要があった
「……まさか、アンタとこんな処で会う事になるとは思わなかった」
考える事ばかりに気を取られていると
笑みを含ませた笑みが向けられる
何の事かと小澤が顔を上げそちらを見て直れば
同時に、しての面が床へと落ちる硬質的な音が響いた
「……久し振り。俺の顔、もう忘れた?」
明らかに揶揄が含まれたソレに、小澤の耳が瞬間にざわつく
この声は聞き覚えがある、と
ゆるり向き直った瞬間、喉元にナイフが宛がわれた
「逃げないの?このままだと、アンタ死ぬよ?」
「……そいつは、困る」
正面から向かい合ったまま
見えた嘲笑はかつて小澤へと向けられた事のある、忘れる事の出来ないそれで
探していたモノに出会えた、と
小澤もまたソレに相見えた事に対し、嘲笑を浮かべて返す
無関係な人間を殺してまで追い求めようとした人物が今正に目の前
手の伸ばせば殺せる絶妙な距離感
この絶好の機会に、冷静である事は難しい
目の前の男に妻子を殺された嘗て
唐突に全てを失ってしまった小澤の喪失感は相当なもので
その反動はかなり大きく、復讐というモノに形を変えて小澤へと返ってきてしまった
「いいな、その凶悪そうな顔。人、沢山頃してきましたーって眼してる」
「……好きに言ってろ」
重なる視線に、思い出される嘗ての惨状
記憶に残る血溜まりに、目の前が段々と染まっていく様な気さえする
「アンタ、目が真っ赤だぞ」
相手の手がまるで愛おしいモノを慈しむかの様に触れ、目元を撫で
まるで世間話をするかの様な気軽さに、小澤の眼の朱が更にその彩りを増した
「……アンタも、鬼に堕ちたね」
何度も何度も小澤の眼もとを撫ぜるその指先
ソレを折れるほどに強く握りしめてやる
「……なら、喰ってやろうか?お前の、これ」
態と歯を立ててやれば、相手はされるがまま
血の滲む指先、それを銜える小澤の眼に宿るは狂気
同じ色に魅入られた相手の眼が、嘲るように小澤を見やる
「……あんたを、本当の鬼にしてやりたい」
首に腕をまわし、甘える様な上目使い
その唇が触れる寸前まで近づけば、小澤は銜えていた指を離してやり
そのままされるがままに唇を重ねた
「……俺が憎いなら、俺を愛して。憎悪と狂気で鬼に変わるアンタが見たい」
これ以上ない程の嫌悪を覚え
だが小澤は異を唱える事はせず
ジーンズのウエストに無造作に突っ込んであったナイフを取って出すと
徐に、相手の皮膚を切り裂いた
流れ、飛び散る地が小澤を汚し
頬にまで飛び散ったソレを手の甲で拭いながら、小澤は相手へと無感情な表情を向ける
「……愛して、やるよ。その代わり一日に一カ所ずつ、俺にお前を傷つけさせろ」
鬼になってやるその代償として、と歪んだ笑み
その言葉を待っていたと言わんばかりの笑みを返され
互いに、どちらからともなく唇を重ねる
「……手に入れた。アンタは、俺だけの鬼だ」
「当然だ俺が憎んでんのは」
態と此処で言葉を区切り、相手の首筋へとナイフを宛がい
「お前だけだからな」
言葉の終わりと同時にまた皮膚を切り裂いてやった
滲む朱、滴るソレを指先で撫で取り、傷口を抉るように爪を立てた
それまで薄ら笑いを浮かべていたその顔に
僅かだが苦痛のソレが浮かんだ
「いい面してるな。お前」
「アンタも、いい顔してるよ。大好き」
互いが互いに既に狂ってしまっているのだ
滲みでる狂気、向けられる憎悪
此処ではそれすら心地の良いモノに変わるのだから不思議なモノだ
「……鬼囃子が、聞こえる」
「は?」

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