《MUMEI》

「何よ、これじゃ中に入れないじゃない!」
怒り始めてしまった美保
短気な性格なのか、突然に身を低く構えるとそのまま脚を蹴って回す
強行突破過ぎるその行動に、井上が止めに掛った
その直後
「……何、やってんだ?お前ら」
丁度帰宅してきたらしい田部が呆れたような表情を浮かべながら二人の背後に立っていた
井上がお帰りを言うよりも先に
「ちょっと、お兄ちゃん!何で井上さんに合鍵渡してない訳!?」
「は?」
行き成り食って掛ってきた妹へ
何故こんな些細な事で怒鳴られなければならないのか
不本意で仕方がない、といった表情
だが合鍵を渡し忘れていた事も事実だったようで
コレを機に、と井上へ手を出す様言って向ける
「手?いいけど……」
言われるがままに差し出してみた手
ソコヘ降ってきた一つの鍵
ソレが何の鍵かは言わずもがな
井上へと鍵を渡し終えると田部はネクタイを緩めながら鍵を開け中へ
「メシ、作ってくれる気だった、とか?」
何故か嬉しそうに田部が指差してきたのは
井上が手に提げているスーパーの袋
その指摘に井上は何故か照れてしまい
慌てて頷くと袋をシンクへと置き材料を広げる
「簡単なモンで悪いけど、すぐ出来るから」
言いながら、何所にあったのかやたらデカイ土鍋をコンロの上
野菜と肉を切り鍋の中へと放り込む
出汁を入れ、暫く蒸し上げる事数分
「出来た。どーぞ」
「すごくいい匂い!井上さん、いただきます!」
土鍋ごと食卓へと出してやればまっ先に手を出した美保
遠慮など欠片も見せる事無く食べ進める美保へ
井上達は何の言葉もなく、その様を唯眺め見るばかりだ
「あれ?お兄ちゃんも井上さんも、食べないの?」
「……食べる、けど」
「……まず手をおけ、美保。お前、全部食う気か?」
溜息混じりに言って向けると
美保は未だに食べる手は止めないまま
「だって美味しいんだもん。いいじゃない!」
本心からの言葉か、満面の笑み
ソレはそれで作った側としては嬉しくはあるのだが
既に鍋の中身は三分の二が無く
よくも一人で此処まで食べたものだと、つい感心してしまいながら
「まだ食い足りないだろ?おかわり、用意してくる」
田部へと向けて言うと、井上は身を翻し台所へ
今からはその様子を窺う事が出来
当然の料理の追加に渋る様子を見せる事なく動く
「どう?お兄ちゃん。井上さんとの生活は」
「は?」
井上の様子を眺め見ながらの美保からの問い
行き成りなソレに怪訝な向けてしまえば
美保は構う事はせず笑みをその口元へと浮かべながら
「私は、井上さん可愛いと思うけど」
「……お前、何が言いたい?」
随分と回りくどいその物言いに、田部はつい睨みつける
だが其処は兄妹、美保はなれているのか物怖じする事無く
そして何を思い立ったのか、関を立つと台所へ
「井上さん、お兄ちゃんの事どう思います?」
一応は田部に聞こえないようにとの小声でのソレに
井上は動揺を隠す事が出来なかったのか
切っていた最中の白菜を落としてしまい
丸ごとのソレが脚の上へと落ち、痛みに蹲ってしまう
「い、井上さん。大丈夫ですか!?」
「……お前が変な事聞くからだろ」
そのやり取りを傍から見ていた田部の呆れたような物言い
妹へと一瞥をくれてやると井上の前へと片膝をついた
「見せてみな」
そう言いながら井上の脚を取り、まじまじと眺め始める
だが白菜が落ちただけのソコを真剣に眺められ
井上は何となくだが居た堪れなさを覚えてしまう
大丈夫だからと慌てて脚を引く
どうしてか高鳴ってしまう胸の内に、どうしても落ち着かなくなってしまう
突然に感じた動悸に動揺し
井上はおかわり用の野菜を急ぎで切り終えると
先に休む旨を田部らに伝え、部屋へと入っていたのだった……

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