《MUMEI》
葛藤。
……! 聞こえた。今、確かに聞こえた。
「ごめん。ちょっとトイレに行ってくるね。すぐ戻ってくるから」
「待て、危険すぎると言っているだろう? それなら全員で行ったほうがいい」
「い、いや、大丈夫! 一人でも大丈夫だから!」
「しかし………」
新斗が訝しくしていると、響介が割り込んだ。
「まあまあ新斗。いいんじゃねえの?」
響介が僕を庇った? 何のために?
響介が僕の耳元べヒソヒソと言う。
「『大』なんだろ? 恥ずかしくて言うに言えねえもんな。行ってこいよ」
騙されるとはやはりバカなんだな。……でもこんな気は遣ってほしくなかった。
「さ、カオルン。早く行っちゃいなよ」
顔を赤くし、背中を押す美鶴。
「…仕方ないな……。本当に気をつけるんだぞ」
念に念を押され、僕を見送る新斗。
僕が曲がり、皆は先へ進んだ。
みんな……、ごめん。


僕は必死に走った。
声の聞こえる方向へ。
多分、誘拐犯達の声。
走った。走った。走った。
だが、細心の注意を払って。
男の笑い声が聞こえた。
多分、複数。
息を殺した。
大きなドアのある部屋。標識を見たら、手術室と書いてあった。
入ったことなんかない。
でも、確か出入口はこのドア一つしかないんじゃなかったか?
それはマズい。ミクちゃんを連れて逃げるなんて、不可能に近いじゃないか。
大人を……相手にするのか?
僕が?
小学5年生の子供が?
でも、ミクちゃんを救うには……、それしかないんだ。
いや、待て。考えてみると、ここにミクちゃんがいるとは限らないじゃないか。
ミクちゃんの声を聞いたわけじゃない。確認なんてしていない。
ここにいてほしくない。
お願いだから、ここにいるな。
僕はそっと、その場を離れようとした。


『あの…、いつまで私を…ここに…?』


決定的だった。
泣き声だった。
ミクちゃんは、拐われてからずっと怖い目にあってたんだ。当たり前だ。
胸が締め付けられる程に痛くなっていた。
どうしよう。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
僕は……救えるのか?
武器になるような物を探すか?
だが、ミクちゃんの声を聞く限り、限界だ。時間なんか、ない。
行くしか……ないんだ。
神名薫。11歳。明日葉第一小学校5学年。2組。現在空手の道場を通っている。
腕には自信がある。
だけど大人には通用しないかもしれない。
というか、完全に体はビビっているけど。
だけど今は関係ない。
行こう!!

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