《MUMEI》
『僕』と『俺』。
俺だって……悔しい。
久美をみすみす誘拐させて、居場所を突き止めても、誘拐犯に負けて。
そんな事があった日にゃ、もう自分を責めたくなるんだ…。攻めたく……なるんだ。


「おめえが弱えから! ミクちゃんが拐われんだろうが!!」
『俺』の右拳は的確に僕の鼻っ柱を突く。
「うるさい! だから助けに来たんじゃないか!!」
僕は間合いをとり、遠心力を利用した蹴りを脇腹を貫く。
何故か感覚を共有しているらしく、殴られた部分も、殴った部分も、どちらも痛い。
こんな事して……何になるのだろう?


気がつけば、どちらも海の上で倒れていた。
海の上は暖かく、さっきより硬くない。
「くそ…っ」
『俺』は呟いた。
『俺』が……泣いている。
そうか、『俺』だって、僕と同じじゃないか。
その時、『俺』の感情が、僕に流れ込んできた。
この感情は……。
「ねえ…、『俺』は、僕に殴ったところは痛いか?」
僕は起き上がりながら言った。
「当たり前だろ、アホ。俺は『おめえ』なんだからよ」
『俺』は袖で涙を拭いた。
そして、僕の態度で気付いたのか、『俺』は僕に振り向き、睨んだ。
「…おめえ…、俺の考えを読みやがったな……」
「読んだんじゃないよ。……流れて来たんだ」
「一緒だろ、アホ」
アホアホ言ってるけど、それは自分に言っているのか?
「そうか、僕が『俺』をわかろうとしなかったから、僕には『俺』の考えがわからなかったのか」
つい、呟いた。
「僕は、『俺』の事がわかった」
「…へっ。何だか気色悪ぃな」
「自分自身に何て事を言うんだ」
こんな『俺』なら、悪くない。
むしろ、適材適所で、最適だ。
僕は立ち上がり、『俺』に手を差し伸べた。
「僕から言うよ。お願いだ。手を貸してくれ。ミクちゃんを助け出すには、『俺』が必要なんだ。強い俺が必要なんだ」
『俺』は意表を突かれたのか、黙ったままで、動かない。
「俺は、僕があの日消してしまった僕の一部なんだよね」
『俺』は思い詰めた顔で頷いた。
「ごめん。じゃあ俺! 僕と一つに成ろうよ」
「一つにって……、本当にアホだな。おめえはよ」
「だからアホって…、それは自分にも言っている事に―――」
「そうだな、俺もアホだ。おめえも、アホだ。だから、俺がいてやんないとダメだよな」
「なんだかムカつく言い方…」
僕はしかめっ面。
「気にすんな! んな事なんてよ」
『俺』は屈託なく笑った。僕に向かって。それも本心で。
「そんじゃあ、行くぜ、僕」
「うん、よろしく、俺」
僕らは手を取り合った。

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