《MUMEI》

 「……?」
翌日、早朝
珍しく目覚ましが鳴る前に眼を覚ました井上は、傍らがやけに温い事に気付く
何かあるのだろうかと手を伸ばし、寝ぼけながらソレに触れれば
ソレが、僅かに身じろいだ
「……くすぐってぇ」
呻く様な声が鳴り
何故、自分しかいない筈の布団にある別の温もりに
気付くなり弾かれたように眼を見開く
「な、な、な――!!」
見た先には田部の顔
一体何故こんな状況になっているのかが全く分からず
叫ぶ声を上げながら飛び起きる
「……うるさい。黙れ」
未だ眠たげな、そして不機嫌そうな声が聞こえてきたと思えば
田部は井上の身体を抱きすくめ、また寝に入ろうとする
コレが休日であるなら二度寝する事に異を唱える事はしない
だが
「ちょっ……、離せってば!動けねぇってば!」
また布団へと戻る破目になった事への異議を申し立ててみた
コレでは全く身動きがとれない
大学へと行く支度をしなければならないし、朝食も作らなければならない
そもそも田部は出勤時間が差し迫ってきている訳で
これ以上布団の中で燻って居る訳には行かないのだ
「起きろ!なぁ、起きろってば!」
「……何で?」
「何で、じゃねぇよ。アンタ、仕事だろうが」
その寝起きは頗る悪いらしく
いつにもましてその目付きはわるい
だが怯んでいるわけにもいかず、何とか腕から逃れ
スーツ一式を田部へと投げ付けてやる
「さっさと支度しろよ。本気で遅刻するぞ」
「……朝メシは?」
「起きて支度する間に作るから」
早く支度しろ、と急かしてやり台所へと立つ
冷蔵庫を開け、何を作るかを思案し
目ぼしい食材も少なく、結局作ったのは目玉焼き
簡単ではあるが、副食が無いよりは、と盛って出す
「メシ、出来た」
もう支度も終わっただろう、と様子を伺えば
着替えも半ばに立ったまま寝に入ってしまっている姿が其処にあった
「何やってんだよ、アンタ!」
「ん――?」
「寝ぼけてないで起きろ!あーもう!ボタン掛け違えてるし!」
もたついてしまう手元に焦れ、ついやってやれば
されるがままに大人しくしていた田部はまじまじと井上を眺めはじめ
そして
ゆっくりと自然な動きで唇を重ねてきた
「……っ!?」
突然のソレに当然驚く井上
だが腰をしっかりと抱き込まれ、突き飛ばそうにも出来ずに居る
息苦しさに眼尻に涙が浮かんだ、次の瞬間
「おっはよう!お兄ちゃん、井上さん!」
一体何の様なのか、美保が大声と共に無遠慮に上がりこんできた
丁度キスの最中
その状況に、美保は瞬間動きを止める
「……ベッドでやったら?」
突っ込むべきはソコかと却って突っ込んでやりたくなる様な指摘
反論しようにも唇は塞がれたまま
漸く解放されてもせき込んでしまいすぐには言葉にならなかった
「井上さん、大丈夫?」
冷静に労わられてしまえば、井上の方が気恥ずかしさに動揺してしまい
呻く声を上げてしまう
「お、俺、学校行く。あと、任せた!」
「ちょっ!井上さん!?」
其処に居る事に耐え兼ね、井上は逃げる様にその場を後に
引き留めようと伸ばした手は何を掴む事も無く
唯所在無げに宙を掴むばかりだ
「……ね、お兄ちゃん。本当に寝ぼけてる?」
あの状況で我関せず食事を始めていたらしい田部へ
その向かいへと腰を下ろし、言い迫ってやれば
だが田部の方は何の反応もない
「……これが無意識の行動なんだから困ったもんよね」
半眼しか開いていない状態で、最早感覚で食事を摂る田部へ
美保は心底呆れた様なそれで
一つ溜息をつくと、目覚めの一発にと、田部の頬を平手でうっていた
「痛ぇ――!」
「お早う、お兄ちゃん。目は覚めた?」
眼尻に涙が浮かぶほどの力で引っ叩いておきながら
コレで起きれない方がおかしいだろう、と
漸く眼を覚ましたらしい田部は内心毒づきながら神を手ぐしで掻いて乱す
「……あいつは?」
部屋を見回し井上の姿を捜す
どうやらつい先刻の出来事を覚えていないのか問うてくる田部へ
美保は深々と溜息をつきながら
「……大馬鹿」
「あぁ?」
ぼやく美保へ
何故起きぬけに損んあ言葉を頂かなければならないのか
納得のいかない田部はひどく怪訝な顔だ
「……何よ?」
「何だよ?」
暫く睨み合いが続き

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