《MUMEI》
灰の雨の降る街
「キリエって恋愛感情とかって持ってたりするものなのかなあ」
「どうしたの――急に。そんなに彼女に興味を持っているの――あ、まさか――」
「違えよ」
 と首を振るのはクラスメイトのヴァン。今は通学途中の街葉の茂らない並木の中を歩いていた。
「だって、あいつさあ、ロボットだっていうじゃん――見た目は人間と全然見分けがつかないのにさ。でもやっぱり所詮は機械人形――そんな奴に恋愛感情抱くかっての」
「もう、キリエのこと悪く言わないでよ」
 と突きだした口先に苦い雨の滴が触れた。
「やべえ――灰腺症起こすぞ」
 と心配げに覗き込むヴァンに、口に入ったわけじゃないもの、と反抗してみたが、ほろ苦さは口唇の周りから決して去らず、しかめ面としてルイの顔にその名残を留めた。
 灰腺症――はこのセカイの上空から降る灰色の雨が人間の気道内に侵入し、そこに溜まることによって潰瘍を形成し、気道内の細胞を壊死させるという独特の病気であった。
 ルイたちの世代は経験していないが、灰色の雨が降ったのはごく最近のことだと、キリエから聞いている。以前の雨は透明色をしていたという。生を受けてからこれまで灰色の雨しか見たことがないルイたちにとって、それは異世界の話のように思えた。
 ある時、ルイが、もし透明な雨の降る世界があったら行ってみたいと呟いたことをヴァンは覚えていた。その時、今の自分たちの街以外にセカイと呼ばれるものがあるという可能性はヴァンの母親の口を借りて、お伽話として、彼の冒険心をくすぐったものだった。
 少年期という発達時に受けた刺激や記憶は、その鮮烈度に比例して脳内に残留する可能性が大きいという。ならば、彼の未知のセカイへの関心の深さにも頷かざるを得ない。
 並木道の先はやがて人通りの多い街並みへと続いていた。そこを風のように颯爽と行く少年の背に父親のような逞しさを感じて、ルイは胸が熱くなった。

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