《MUMEI》
灰の雨の降る街
 教官は判で押したように『校則』厳守を繰り返した。どの教官からも一字一句違えず同じ戒めが発せられる度、ルイを暗澹とした気持ちにさせた。変化の内の日常――いや、セカイ、それ自体が変化を拒んでいるようだ。
 このセカイはかつてトルメティアと呼ばれていた。ルイの居住区はその中心都市――ルバルティス――ここは政治、経済、商業の中枢であった。数年前に辺境諸都市トーラス、リゲイア、沿海州との間に領地侵犯問題による戦争が勃発し、その戦火はこのセカイ自体を破滅に追い込む程のもので、神々の逆鱗に触れた――このセカイでは、現人神という神が人間に降臨した者が教主となり、宗教的教義のもとに民を支配する。ゆえにそういった宗教的軍事統治国家的色彩のもと――神つまりノヴァ・セフォル・クレメンス教皇が究極の軍事兵器である『イシュタルの緋弓』の使用を許可。トルメティアのみならず、その余波によってもたらされた天変地異によって他の諸都市も壊滅状態に陥った。ただ不思議なことに、教皇の庁舎やその権力の中枢だけは壊滅どころか、庁舎の屋根瓦一片も吹き飛んでいなかった。教皇の命令によりルバルティスからの全権力が教皇庁に委譲されたのはのその二年後。その頃から戦争後の余波か、空から降り落ちてくるのは灰色の雨であった。
 ルイ、と呼ばれて慌てて顔を向けると男性教官が教壇の上からこちらを睨んでいた。
「さあ、答えなさい――ジョルジオ・イサベルが探したものは」
 物思いに耽けて現実に帰還した途端、この質問が叩きつけられた。
 考え込んでいると、左後ろの席の生徒が「歯車よ」と囁くのが耳に入った時、ある童話が脳内で輝いた。
 時計職人の童話――貧しい独り身の時計職人のジョルジオ・イサベルが人形以外にいない街で機械人形と恋に落ちる話。彼は愛してしまった人形の命が尽きる寸前、骨で削って作った即製の歯車を人形に埋め込み、最後の自前の歯車がボロボロになるまで愛を語るという話だった。
 質問に答えを返すと、外すことをひそかに期待をしていたのか、チッと舌打ち一つして教官は隣席の生徒に次の質問をぶつけていった。
 ありがとう――目顔で後ろを振り返ると、「どういたしまして」と声なき返答が返ってきた。

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