《MUMEI》

「君の、指先は劇薬だね。巷では美貌の愛弟子で有名だったそうじゃないか。」

先生が御機嫌にぼくの爪を突いた。


「……触らないで下さい。」


「また君は……嗚呼、そうだ。閃いたぞ。
狐の話はどうだろう。満月の晩に逢い引きする男女の話だ。
真夜中に柳の下で落ち合う二人だったが、互いを求めながらも男は顔を出すのを渋る。抱かれながら女は愉悦の中で満月が一回転するのを見た。」

先生の怪奇物語に思わず息を飲んだ。


「そして、最期は、どうなるんですか。」

ぼくの言葉を待っていたようだ。


「どうもしないのさ。女は騙されたまま狐の子供を産むんだ。夫に殺された男を偽者だと信じて夫も自分さえも欺いてね。」

ぼくの線は僅かに傾いた。


「狐の子供はどうなるのでしょうね。」

俯いたぼくの顔を覗き込みながら、先生は御機嫌に嗤う。


「人間には妖狐として疎まれ、妖にも成り切れず、さ迷い歩くのさ。」

ぼくは不確定な先生をいつまでも、見守っていた。

ケーンと空まで飛んで仕舞いそうに、足取りは軽やかだった。

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