《MUMEI》

 やっぱり来るんじゃなかったっっ、と心中で少女は叫んでいた。


「魚?」
 辺境の土地にある村。来訪者を前に、一番奥の位置に住まう楽器職人の少女は、首を傾げた。
 魚に何の興味があるというのだ。
 訪問者は長年つきあいのある山師の少女であった。
 目前の彼女はにやにやしている。何かを企んでいる時の顔だ、と言っても平静からそんな顔ではある。
「魚は魚でも、ラティメリアだって言ったら?とびきりでしょうよ」
 仕上げたばかりの木管の笙を磨いていた楽器職人の手が止まる。
 ラティメリアといえば、デボンの昔日、白亜の化石ではないか。
「古豪の杜にいるらしいんだ。絶滅したとされているけど」
 山師は勝手に台所を漁って、勝手に煎れた茶をすすっていた。ふたたび笙を磨き出した楽器職人をちろりと見ながら、碗に残った緑色の液体に目を落とす。
「苦いんだけど、この茶。何?」
「薬草茶」
 眉根を寄せているのを見て、嘘を吐く。
「古豪の杜といえば、守番がいるんじゃなかった?」
 半分笑い顔で話を戻す楽器職人を見て、謀りに気がついたようだ。山師が少々ふてくされながら、正体不明のお茶に目を落とす。
「そ、あそこは相当のお宝が埋まっているって話だから」
 不服そうな顔は一瞬で、またもや企み顔で碗の底を見つめながら含み笑う。
 既に自分本位の夢を見ているようだ。

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