《MUMEI》

食事後は二人、部屋に引きこもりながら台詞合わせをしている。
アレックスの彼へのスキンシップがさりげなく増えていることが、私は妙に引っ掛かっていた。

時折、アレックスの張る声が扉から漏れている。

皿洗いをして、途方もない思考から逃れようとしていた。


「……あっ……、んっ……」

壁を通して途切れ途切れの彼の台詞が聞こえてから、紅茶を運ぼうと決めた。


「あの、お茶でもどうかな?」

ついつい、せわしなくノックしてしまう。


「ありがとうございます。」

いつもの笑顔と、衣服の乱れがないことを確認して、胸を撫で下ろした。


「なあ、彼ってゲイだろ。君は奥方が居るみたいだけど。」

突然のアレックスの振りに手元が狂いそうになる。


「アレック……」

彼の性癖を知ってか、挨拶のように唇を交わす。


「道徳心も持てない男は出ていけ!」

止められるまで気付かなったが、アレックスを引きはがして殴ろうとしていた。彼が、私の腕に巻き付いている。
剥き出した憤怒は自分ではないようだった。


「冗談!」

映画で銃を向けられたように、大袈裟な動作でアレックスは両手を上げている。


「アレックス、篠さんの奥さんは亡くなっているんだよ、謝って。」


「いいんだ、私がどうかしていたんだよ、邪魔して申し訳ない。」

まだ動機が治まらない。
彼の言葉もさほど気にしないようで、やはりアレックスは苦手だ 。


「篠は君を好きだよ……家族みたいに思ってる。」

アレックスの言葉で引き攣れてゆく顔を元に戻そうと賢明になる。


「そんなこと、俺も思ってるよ。アレックス今日はずっと落ち着きがないね。」

宥めるようなトーンで語りかける彼は犯人に吐かせる刑事のようだ。


「……そうかな?」

アレックスが嘯くとき、私には気付かない僅かな変化があったことに気が付く。

怖い人だ、作り込まれた仮面を暴いてゆくのだ。

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