《MUMEI》

「あそこには近づかんほうがええ」
 などと道中、地元の年寄り連中のありがたい忠告を振り切って、やって来た古豪の杜は、件の領主の土地の外れ、辺境もいい所であった。おまけに噂の守番の気配もない。
 夜の杜は静かだった。入口から鬱蒼と木々が生い茂っており、不気味な雰囲気が漂っている。頭上では雲が幾重にもなり、月光も届かない。風はなく、森閑とした杜には、鳥の鳴き声さえしない。
「いいじゃん。いなけりゃいないで楽じゃないの」
「そんな上手くいく訳ないって」
 軽率な言動の山師と、慎重な行動の楽器職人。
 ところが、彼女の心配をよそに、二人は目的の湖まで辿り着いてしまった。
 湖のある場所は開けていた。湖面には波紋一つなく、杜と同化しているかのように静止している。
 山師は湖に近づくと、おもむろに手のひらで、湖水をすくった。
 直後、楽器職人は周囲の空気が変化したような気がした。実際、彼女達の髪が揺れている。見上げると、雲に隠れていた月が姿を現しており、あんなにも静かだった鳥達が騒ぎ立てている。
 二人は顔を見合わせた。
 辺りはもはや先程までの静けさが幻の如く、風がうなり、木々がざわめく。
 山師と楽器職人を吹き飛ばそうとしているかのように、二人の着衣や髪が巻き上げられて、荷物と体は滅茶苦茶に弄ばれる。
「守番の仕業?やっぱり思った通りだ。何もない訳ないじゃない」
「何で?何で守番ごときが自然現象操れるんだって」
 前者も後者も前後不覚に慌てているのは間違いなかった。

 そうして、冒頭に戻る。

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