《MUMEI》

 わかっていたのに、どうして来てしまったのか。四の五の言っても始まらない。なぜなら、そこに…‥、思考が中断させられる。
 唐突に風が止んだ。
 自分に言い訳しながら後悔し、伏せていた楽器職人が顔を上げると、目前で起こっている現象に目を見開いてしまう。同じような体勢だった山師を見ると、彼女もすでに大口を開けてその光景を見つめていた。
 不思議な色合いの彩光で、半透明をした巨大な魂魄のようなものが多数、浮かび、揺らめいていたのだ。
「これは、一体…‥」
「この大きな生き物達は」
 よく見ると、それらは巨大な爬虫類のような姿を取っている。個々に意志があるのか、ゆっくりと彼らは大地を踏みしめ、遠くへ吼えて、辺りの空気を震動させる。
「何だか、哀しそう」
 山師が頭上を見上げて呟く。
 月光に照らされた亡霊達は、さらに不可思議な色彩に変化しながら、湖を守るように周囲を取り巻いて、ゆっくりと歩を進める。
 山師は湖に近づくことができなかった。いや、身動きすることすら、できなかった。
 ふいに笙の音が流れる。
 楽器職人は地べたに胡坐をかいて、旋律を奏でていた。月に、杜に、湖に、融けるようなやさしい音を響かせる。
 杜は静謐な雰囲気に包まれていく。
 山師は目を閉じた。そして、気づいたようだ。
 いつの間にか、笙の音に弦の音が重なり、連奏となっていたのだ。
 視線を巡らすと、どっしりと太い幹を持つ木立の枝に男が一人、楽器を爪弾いていた。
「あれは…‥」

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