《MUMEI》 …‥守番? 言葉は発せられなかった。亡霊達に変化が起こったのだ。 彼らの歩みが止まり、揺れている。突然、一層強く、遠く、吼えた。 実態のない巨大な亡霊達の小さな瞳から、涙が一粒零れ、湖に落ちる。 そう、山師にも、楽器職人にも見えた。 小さな波紋は、いつしか大きくなる。涙の波紋はゆっくりと拡がっていった。 微かに湖面が揺れる。山師が視線を向けて見つめていると、もう一度湖面が大きく揺れて、水中から何かが跳び上がった。 魚だ。ラティメリアが空中高く、舞った。立派な尾びれをぶるんと振るわせて、鱗に月光を浴び、光彩を振り撒く。 古代魚は、ふたたび湖の底へと姿を消した。 楽器職人は、一瞬跳び上がった魚の姿に圧倒させられて、笙を握り締めてしまっている。 我に返った山師は、慌てて木立を見た。しかし、もう誰もいない。 彼女は言葉もなく、ようやく湖の水辺に戻り、震える手でもう一度、湖水をすくう。手のひらの中には大きな月が浮かんでいた。 そうして、古豪の杜は月光以外、元通り。 「守番ってのはさ、あの巨大な亡霊だったのかな」 山師と楽器職人は、薄い緑色の香り高い茶を呑んでいる。騒動の後、二人は無事、彼女らの辺境の村に、帰り着いていた。 「じゃあ、あの男は?」 楽器職人は弦楽器を弾いていた男に、軽く敵愾心を燃やしていた。同業故に。 「あれは召使。いや、使いっぱしりだね」 「誰の」 「そりゃあ、決まってる」 古豪の杜の魚を思い出しているのか、山師は企み顔で笑った。 と言っても平静からそんな顔ではある。 終幕 前へ |
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