《MUMEI》
1 オニゴッコ
 「お早う。よく眠ってたな」
翌日、早朝
浅い眠りの最中、腹の上に掛る重みに小澤は中途半端な眠りから覚めていた
ゆるり眼を開けてみれば
「……何してる?」
相手が小澤の腹を跨ぐ様に馬乗りになっていて
そして首元、丁度喉仏の辺りに刃物を突き付けられていた
「逃げないの?」
「逃げて欲しいか?」
「そうだな。逃げて、思い切り抵抗してほしい。俺の事傷つけて、それから俺の事愛してよ」
ソレが約束だった筈だとせがまれ
小澤は、だが何の感情も浮かべる事もなく、相手の頬へと手を触れさせ
そのまま唇を重ねてやる
「……っ」
甘く、優しい口付け
ソレに続けてやるは手酷い報復
取って出した刃物を相手の手首へと宛がい、薄く傷を付けた
痛みを感じ、だが死なない程度の傷
遅く流れ始めた血液を小澤は直接舐め取ってやる
「……口元に付いてる。子供みたい」
血を拭っても尚、小澤の唇を貪る事をし
二人きりの室内、朝の爽やかな空気にはそぐわない淫猥な音が響く
「……甘くて、美味しい。もっと、欲しい」
「ガキはどっちだ」
唇を離してやれば、俺を惜しむかのように互いの間に唾液が意図を引く
ソレは血が混じり薄紅に染まり
相手はご満悦だと言わんばかりに笑みを浮かべた
次の瞬間
何処からか叫び声の様なソレが聞こえてくる
「何だろうな」
気になったらしい相手が外の様子を窺おうと戸に手を掛けたと同時
外から、その戸が叩かれる音が鳴った
「お二方、テレビをお付け下さい。面白いモノがみれますよ」
それだけを伝えると、その気配は戸から遠ざかる
相手は小首をかしげてみせながらも、言葉通りテレビを付けてみた
付けてみた瞬間、その画面に映し出されたのは赤黒い血液
「己が身可愛さに、この人間も鬼に堕ちた。……次は」
感情の余り籠らないあの少女の声が正面から聞こえてくる
その間にも画面上の血液は更にその量を増し
どちらかが完璧に動かなくなるまでソレは続けられた
余りに唐突に見せられたソレに
暫くどう動いていいのか解らず、暫く見ているしか出来ないでいると
画面の中に、何故か和楽器を持った鬼の面を被った人物が数人現れる
『互いを繋ぐ糸がが見事に切れてしまっている。これでは何も、救われない』
画面に映る男の腰に結んである紐を眺め見、男たちは残念そうに身を竦める
そして全員が生き残ったふ尾へと向いて直り
唐突に和楽器をそれぞれ取って出すとそれを鳴らし始めた
画面と実際に聞こえてくる音
どうしたのか無心にその音を聞いている自分
まるで自分が自分でなくなっていく様な感覚に苛まれ
小澤は眼球が飛び出てしまいそうなほどに眼を見開く
「……ヒトとしての理性なんて、捨てればいいのに」
顔を両の手でおおい、苦痛のあまり酷い呻き声をあげ始める小澤へ
相手はテーブルの上に放置されていた鬼の面を小澤へと宛がってやった
「……少しでも鬼に染まれば、もうヒトには戻れない。アンタももうじき、俺と同じになるんだよ」
「……お前と、同じね」
その覚悟ならば当に出来ている
例え自らが邪に落ちてしまったとしても
ソレを嘆いてくれる者など既にこの世には居ないのだから
それを奪った目の前の相手を、今すぐにでも殺してしまいたい衝動に駆られる
「まだ、駄目だよ。俺たちは最後まで生き残る。例えどんな手を使ってでも」
「何の為に?」
「アンタと、最高に楽しい殺し合いをする為に。だから」
生き残るための策を講じるのだと満面の笑み
その言葉通りだった
免罪を望んでいるわけではない
唯、目的の相手さえ殺せればいい
その歪んだ感情ばかりが互いの間にはある
ソレこそ心根まで狂わせてしまいそうなほどにソレは濃いものだった
「だから、さ。他の奴等、殺しに行こう。……絶対に、楽しいから」
「……楽しい、か」
今の自分は人を殺めながらそう言う感情を抱くのだろうか?
目の前のたった一人を殺す、それだけの為に
他の全てを殺さなければならないというのならば、どんな手を使ってでも、と
小澤は喉の奥で短く笑う声を上げながら
相手の頬へと手を触れさせ、引きよせ噛みつく様に唇を重ねた
「行き成り、何?」
「……愛してやる。堪能しろ」

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