《MUMEI》

 「……大分、影に染まってきたか」
翌日、放置されたまま迎えた朝
漸く戸の開く音が聞こえ、目を覆ったままの布越しに陽の光を感じる
「……あ、つい?」
自身の感覚である筈のソレが今は頼りなく問う形になる
だが返答はなく
伸びてきた手が剥ぎ取る様にその布を取り払えば
息が触れるほど近くにその顔があった
歪んで見えるその笑みに市原は恐怖を感じずにはいられない
「今日はひどく天気がいい。お前も、動くのは辛いだろう」
だから大人しくしておけ、とまるで労わる様な物言い
誰の所為だと口を開き掛け
だが身を起こそうとした途端、ひどい眩暈に苛まれてしまい
市原はまたその場に倒れ込んでしまう
「……一体、何なんだよ。俺、なんで……!」
理解出来ない現状に、市原の眼尻に涙が浮かぶ
その涙を焔は感情なく眺め、だが拭うてやる様に指先で掬い取り
市原を横抱きに抱え上げていた
「は、なせ!今度は何所連れて行くつもりだ!」
喚く市原
焔は何を返してやる事もせず市原へと一瞥をくれてやりながら
「……まだ僕に噛みつく程度の威勢はあるらしいな。それでいい」
「人の話、聞け!!」
せめてもの抵抗にと脚をばたつかせてやれば
だがそんな市原の抵抗など諸共せず
焔は市原を別室へと連れ込んでいた
全ての光が遮断された暗い室内
其処にあるとわかったのが唯一つ、一組の布団のみで
まるで物でも扱うかの如く焔は市原をその上へと放り投げる
「……お前ら、一体何が目的なんだよ。俺が一体――!」
何をしたというのか、と
問うてみる声は最早涙に濡れていて
その所為で情けないほどに震えてしまっている
「……話すこと位、してやろうか」
嘲る様な笑みを口元に浮かべて見せながら
焔は市原の上へと覆い被さってくる
そして耳元へと唇を寄せると、話す事を始める
「……御影を、滅ぼしたいんだ。僕たちは」
背筋が凍って今そうな程の低音に
だがその意図が解る筈もなく、市原は眼を見開き涙を流す
「だか、ら、俺にどうしろって……」
「お前は既にその身の半分を影に染めている。それを利用し、御影の連中との接触を図れ」
「……嫌、だ。そんなの――っ!」
無理だ、と続く筈だった言葉
だがそれは口内へと刺し込まれた指に阻まれ、意味を成さない音へと変わり
無理やりに開かれた喉の奥へ、何かが押し込まれる
「――っ!?」
食道を伝って落ちて行くドロリとした感触
吐き気がしそうなほど甘ったるいソレを、吐き出す事は叶わずそのまま嚥下してしまっていた
「な、にを……?」
何とか吐き出そうとえづきながら、震える声で問うてみれば
焔は満足気な笑みを浮かべながら、市原の顎を掴み顔を上向かせる
「……今のは、術神酒。僕がお前を使役する契約の証だ」
嘲笑を含ませた声を市原の耳元で呟けば
その瞬間恐怖の箍が外れ、自我を失ってしまったかの様に視線が虚ろな者へと変わる
「俺に、従順で居ろ。ヒトとして、生きたければ」
「……そし、たら、俺、助かる、のか……?」
「僕に、従えば、な」
どうする、と内に等しい選択肢を向けられ
市原は唯、そのたった一つの選択肢を選ぶしかない
「……何、でも、するからぁ!」
この苦痛と恐怖から逃れる事が出来るなら、と
市原は焔へと縋り付く
恥も外聞もないその様に焔は満足気な笑みを浮かべて見せ
自身の髪を数本引き抜くと、それを紐状に編み市原の首元へ
ゆとりなく結えつけられたそれはまるで首輪の様で
緩い締め付けに息苦しさを覚えてしまう
「……苦、し」
「我慢しろ。ソレがあればお前は陽の下で身動きが取れる」
「けど……」
今にも泣き出してしまいそうな自身の声が情けなかった
だがそれ以上に恐怖の方が勝り、それ以上発する事が出来ない
子供の様に嫌々をする市原へ
焔は深々しい溜息をつくと市原の身体を引きよせ
そのまま唇を重ねる
「――っ!?」
驚きと恐怖に眼を見開き、声にならない声を上げる市原
何とか逃れようと手足をばたつかせ始めた、その直後
「……焔、何してるの?」
ゆるり襖の開く音
誰かの誰か来たのかそちらを見やれば、其処に居たのはひなた

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