《MUMEI》
プロローグ・混沌
「それじゃ私はここで」
「また明日な!」
「うん、じゃあね」
柴須佐男(しばすさお)は、一緒に下校して来た従姉妹(いとこ)の
鈴木香苗(すずきかなえ)と、
同級生の田町雅(たまちみやび)に手を振ると、急に肩に重く食い込んできたように感じる ランドセルを背負い直して、しょんぼりと家路を辿(たど)り始めた。
柴須佐男は10歳の小学4年生。
一見したところ、どこにでもいる普通の10歳の少年だ。



だが友達と別れた後の歩調は、まるでいきなり20歳も老けたかのように重々しいものに変わっていた。
表情も同じ年齢の子供達と比べると暗すぎる。
友達の前では決して見せない顔。
まるでこの年齢ですでに人生の不幸を背負いこんだかのように・・・・。
それは正しかった。
須佐男には周りの誰にも言えない悩みがあったからだ。



「ただいま!」
今時では珍しい木造アパートの二階の一室のドアを開く。
精いっぱい明るい声を出して。
「あら、お帰りなさい」
母の雪子が台所で晩食の支度をしていた手を止めて、口許に笑みを浮かべながら、須佐男のほうをちらりと見る。
どこか生活の苦労が窺えるものの三十路(みそじ)を過ぎたにも関わらず、雪子はまだ二十代前半に見える若さと美しさを保っていた。
そう・・・・、変わらないように見える。父が居たあの頃と。
だが母は変わったのだ。
あの男が現れてから・・・・。
須佐男は家に帰って来たらまず一番最初にする事・・・・玄関の靴を確認した。あの男の靴は無い。須佐男の緊張した表情がわずかに緩む。

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