《MUMEI》

今この瞬間に
唐突なソレに身体を強張らせた相手だったが
すぐに身体の強張りを解き、小澤の首へと腕を回す
「……アンタの腕、あったかいな。何か安心する」
「そうか」
「……俺さ、多分羨ましかったんだよ。あの時」
「あの時?」
一体何の事か
問う様な表情をついして向ければ、相手の笑みが更にその色を増した
「アンタが家族と楽しそうに笑ってた時だよ。アンタ、凄く優しそうな顔で家族の事見てた」
その唇が徐に語り始めたのは過去
決して忘れる事など出来ない、忌わし過ぎるあの出来事
小澤を鬼へと貶める事となったあの瞬間
忘れる事など出来る筈もなく、怒りに小澤の眼の朱が色を増す
「羨ましかった。だって、俺には絶対手に入れられないものだから」
「だから、殺したってのか?」
「そう、かもな」
曖昧な返答で微笑む相手
だが今の小澤にとって、必要なのは最早真実などではなく
唯、目に焼きつくあの時の紅い光景と同じ様に、相手を傷つけたい、と
口元が歪な笑みを作った
一度狂ってしまえば最早手遅れ
後は深みに堕ちて行くしかなかった
「ね、俺が憎い?」
「憎くない筈がねぇだろ」
「そか。そうだよな」
憎悪を向けられながら、だが何故か嬉しそうな表情をかべる相手
小澤へと手を伸ばし、引きよせまた口付けを求めてくる
絡まる唇、微かに響く水音
相手はどうやら快楽に弱いのか
自分から仕掛けてきたにも拘らず、すぐ様膝を崩していた
「……っ!」
小澤の脚下に座り込んでしまう相手
見上げてくるその視線は熱を帯びていて
だが小澤は敢えて与えてやる事はせず
相手の口元を伝う唾液を指先で拭ってやる
「……随分と、歪んだ関係ね」
戸が僅かに開く音が聞こえ、そちらへと向いて直れば
あの着物姿の少女が其処に佇んでいた
何をしているのかと問うてみれば
「……別に、何も」
無感情な声が返される
表情も一切変わらず、全く分からない相手だと訝しんだ次の瞬間
何処からか、何かが爆発する様な騒音が響く
「……やはり、今回もだめなのかしら」
その音が鳴り響いた方へと視線を向け、その少女は溜息を吐く
「……所詮は、罪人。死への対価は死しかない」
一人言に呟く事を始め、部屋を後にと身を翻す
途中、何故か立ち止まり、小澤達へと向いて直れば
「……ついて来なさい。他の連中、先に殺すつもりなんでしょう?」
そんな企みなどお見通しだと言わんばかりのソレに
だがそれを叶えようとでもしているのか
少女は小澤達へ居間で待つよう言ってむけた
「ルールを変える事、他の連中にも伝えてくるから」
言い終わりと童子に、少女は身を翻しその場を後に
そして小澤達は少女の後ろに控えていたらしい別の人物に引き連れられ居間へ
其処にあるソファへと腰を下ろし、身を寛げる
「ちょっと、いいかしら?」
暫くそうしていると背後からの声
ゆるりそちらへと向いて直ってみれば、そこにあったのは銃口
その奥にはそれを持つ相手の顔が見えた
「……いきなり、ルール変更って聞かされたけど、原因はアンタ達?」
それを不服としているのか、明らかに怒気を孕んだ声に
小澤は反して無感情な顔をして向ける
そもそも、そうだとしたらなんだというのか
表情と同じに感情の籠らない声で問うてやれば
相手はその表情を僅かに和らげ小澤達を交互に眺め見た
「……此処に居たのね、しずる」
知った間柄なのか、親しく話す様に
だが一方は凍りついてしまったかの様な無表情をしてみせる
「……何で、此処にいんの?奈々」
「……別に、アナタには関係ない。私が用があるのは」
此処で一度言葉を区切り、相手は銃口を更に小澤へと押しつけた
「あなたよ。小澤 子規」
向けられた、あからさまな憎悪
だが心当たりがない小澤は怪訝な顔だ
「……私の事を忘れたって顔ね」
「生憎とな」
短く返せば相手の眼が見開いて
右手を振り上げたかと思えば小澤の頬を張っていた
感じる痛みは僅か
小澤は何を言う事もせず相手を唯見やる
「……したくせに」
「は?」
か細い声に聞き直せば
だが返答を返すよりも先に、十が乾いた発砲音を立てた
肩に感じる激痛
飛び散る朱が床を汚していった
「……痛い、でしょう?けど、まだ足りないの」

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