《MUMEI》

 「……お前、本っ当、不器用なんだな」
翌日、出勤前の慌ただしくなる時間帯
昨日公言した通り、井上にネクタイを結わえさせているらしい田部
だが矢張り上手くはいかず、井上は壁に掛っている時計で時間を確認し
差し迫ってしまっているソレに益々慌ててしまう
「……出来た!」
何とか結いあげたソレは見事なまでにぐちゃぐちゃで
どうしても上手く出来ないそれに、何故かと小首を傾げる井上
唸りながら考えこんでいると
「じゃ、行ってくるな」
田部がネクタイもそのままに出掛けようと身を翻す
「ちょっ……待てって!ネクタイ!」
そのままで家をでる田部
慌てて引き留める事をするが間に合わず
井上の声だけが其処に虚しく響くばかりだった
「ちゃんと、結い直す、よな」
そうであって欲しい、と願いながら井上は自身の身支度を始める
「……何、やってんだろ。俺」
その最中、不意にそんな疑問を抱き考えこむ
決して今のこの状況が嫌な訳ではない
だがソレが一体どんな感情なのかと言われれば解らずに
ソレが更に井上を悩ませることとなる
「百面相になっちゃってますよ。井上さん」
一人悩んでいると、不意に美保の顔が目の前
行き成り過ぎる登場に、井上は叫ぶ声を上げ後ずさってしまう
「……その反応、かなり失礼だと思うんですけど」
「わ、悪い。行き成りだったから……」
「お兄ちゃんと何かありました?」
「は?」
行き成り確信を衝かれ、つい間の抜けた返事を返してしまえば
美保はどうしてか満足気な笑みを浮かべて見せる
「そう言えば、さっきお兄ちゃんとすれ違ったんですけど、何かヨレヨレのネクタイしてたな〜」
「なっ……!?」
「あれ、どうしたんでしょうね〜」
解って言っているだろう井上をからかうかの様なソレに
井上は反論して返すよりも先に、どうしてか赤面してしまっていた
律儀にも結ってやっている事ばれたのが恥ずかしかったのか
それともあの不格好な結い方を見られたことが恥ずかしかったのか
井上自身よく解らなかった
「でも、ルームシェアの相手が井上さんで良かったです」
「は?」
行き成り何を言いだすのかと美保の方を見やれば
満面の笑みが目の前で
「……これでお互いが好き合ってくれたらバッチリなんだけどな」
ぼそりと呟いたその言葉に、井上は瞬間身体を硬直させる
揶揄っているのか、と口元に引き攣った笑みを浮かべる井上
その井上の動揺を感じ取ったのか、美保は微かに溜息をついた
「冗談でこんな事言う訳ないじゃないですか。井上さん、お兄ちゃんの事、どう思います?」
言葉通り真剣な表情
これではふざけけて返す訳にもいかず、井上は言葉を詰まらせてしまう
どう思っているのか
一体美保はどんな感情を期待しているのか
何となくわかっていながら、解らないふりをついしてしまう
「井上さん」
「何?」
「じゃ、お兄ちゃんとデートしてみてくれませんか?」
「はぁ!?」
行き成り何w歩言い出すのか
みっともなく驚いた様な声を上げてしまえば
「私、お寿司食べたいんですよ〜」
「は?」
「お寿司、作って下さい。あ、その為には材料が要りますよね〜。買い物行かないとですね」
ねちねちと美保がないを言わんとしているのかが其処で理解出来た
要するに、田部を連れ立って買い物に入って来い、という事で
ソレを(デート)の代わりにしようという考えの様だった
「お前、無茶苦茶だな」
「何とでも言って下さい。じゃ、今週の日曜日、楽しみにしてます」
勝手に日付まで指定をし、美保は踵を返しその場を後にした
自身の言いたい事ばかり一方的で
深々と溜息をつくと身支度を整え、井上も家をでた
大学までの道を歩きながら徐に携帯を取り出し、そして
「……一緒に買い物行こうとか言ったら、どんな顔するかな」
あの仏頂面が少しでもそうように慌てたソレへと変化するのだろうか、と
僅かばかりそれを楽しみにしている自身が居る事に気付く
「……メール、打っとくか」
携帯を取って出し、端的に用件だけを打ち込み送信すれば
すぐさま返信に着信音が鳴った
(5時には終わる。会社前で待ってろ)
返ってきたソレに何となく胸の内が綻ぶ

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