《MUMEI》
ぶどうのストラップ
《初桜ー、初桜でございます。お出口は右側でございまぁーす。》

車掌のアナウンスが入った。

電車が止まり、ドアが開く。

隣の隣にいた、侑がはっと顔を上げて

「やべっ…」と焦ったように呟いて立ち上がった。

実際この時の侑は本当に焦っていたのだと思う。

鞄をちゃんと持つのも忘れるくらいに。

侑が芹奈の前を駆け足ですり抜けたとき、

片方の持ち手しか持っていなかった鞄が

大きくひるがえって、芹奈の手にぶつかった。

携帯電話をはじき飛ばされて、芹奈は「あっ」と声をあげた。

それを聞いた侑が「え」と振り返る。

その間にも芹奈の携帯電話はくるくると回転しながら侑の足元まで

転がって、小さなぶどうのストラップが

着地つつあった侑のローファーの下にすべりこんだ。

パキッ、と硬く短い音が侑のかかとの下で聞こえた…

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