《MUMEI》

「隕石だったんだって?」
「イサキ文具の屋根をぶち抜いたんだと」
 数日前、流星が夜空を駆け抜けた。浪漫溢れる光景のようだが、実際は大迷惑な話である。
 落ちてくる途中で、バラバラに砕けた塊の一つが、市立南高等学校の近隣にある文具店の屋根を直撃したという。
「地学部の奴らが破片を拾いに行ったってな」
「マジで?さすが、物好き集団」
 流星に関するいい加減な噂話を、嶋田兼人と千葉直志が、昼食を摂りながらしている。一連の動作が二人にとって、全く上の空な状態であるのは間違いない。彼らはさらに、目前の写真集をめくっていた。
 表紙には、深紅の薔薇が散っている。
「先輩方、いっぺんに幾つもの欲望を満たそうとしないでくれます?」
 昼休み、木崎扉夏は市立南高等学校図書資料室にやって来ていた。
 各教課室が定期的に購読している雑誌類は、一旦、図書室に届けられ、図書委員が分類することになっている。彼女は図書委員の仕事を片づけに来たのだが、後からやって来た副図書委員長とその友人は、作業を手伝うでもなく、昼休憩を満喫していた。
 室内では、大きさだけはある資料戸棚が幅を利かせている。他に背幅の広い本が山ほど積んである机と、扉夏のいる作業台。
 彼らが見ているのは、歴代図書委員の遺産である様々な写真集の一冊、資料戸棚の所蔵品である。年代物の応接セットのソファをきしませて、男達は顔を見合せた。
「何だ。見たいの?」
「違います」
「木崎な、いいこと教えてやろうか」
「結構です」
 焼きそばパンの残りを口に納めた千葉が、妙な訳知り顔で笑ったのを境に、扉夏は席を立つ。
「ちゃんとしまっておいて下さいよ、それ」
 先に昼飯を終えた嶋田が、写真集に視線を落としたまま、ひらひらと手を振っていた。
 資料室に硬い資料だけがあるとは限らない。

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