《MUMEI》
マイ・フーリッシュハート3〜告白〜
…目の前に浮かんできたのは…

えっ、なんで…?

 現れる? 

 ……あいつ 

 ……だった。

誰にも説明しようのない、(普通、そんな説明はしないだろうが)まして、そのライブ会場の客として来てるわけでもなく、ベースのアークでさえ、さほど接点もなく(もちろん、アークでもない!)

あいつ…、少し好意を持ってた人。アークよりずっと大人。でも、好きっていうのと違うし、と自分に言い聞かせていた。

その人とはキスもした事ないし、恋人が交わすような会話もしたことないし。

でも、歌の詞は 

“Our eager lips combine”

だ。なのに!…だ。

歌の最中には、その人の事がもう頭の中から離れなくなって、誰にもわからない、知られたらいけないとそんなどうしようもない気持ちが限界になり泣きだしたくなる瞬間だった。

『あ!やばっ、今、何のキーで弾いてるんだっけ?』
…歌だけじゃなくて、私はピアノも弾いている。あまりにも、入り込みすぎると今、弾いてるキーがわからなくなる時がたまにある。
頭は半分宇宙の中、歌もそんな感じ、それなのにピアノだけ現実で迷ってる…。

その時だった。

『おい、そっちじゃない。こっちだ。』

言われたような気がした。アークだった。キーの音を出してくれてた!

救われた!

これこそ、愚かなりし我が心だ、歌の世界とリンクしてる!

なんて思ったら、もうこのまま行っちゃえー!そういう時の歌はこんなものよ!とばかりに歌っていた。


ライブ終了後、アークに礼を言った。

「さっきはありがと。救ってくれて」

「…はっ?」

きょとんとしている。何の事だかわからないらしい。

という事は、宇宙の暗闇に放り込まれたのは、ほんのわずかな時間だったようだ。きちんと小節がテンポ通りに進行している中でのことだったらしい。

私にとってはものすごく長く感じた時間だったが。

あのような歌を人は“魂の叫びだ”と言ってくれたが、何のことはないマジにフーリッシュな自分がそこにいただけである。

自分の感情と歌の世界は切り離すべきだと思っていたが、こんな事があるなんて。…小さな衝撃。

「我ながらショック。あの曲でロストしそうになった」

音楽用語で自分でどこやってるか、たとえば何小節目の何というコードを押さえるのかがわからなくなることなどを“ロストする”という。

「全然、そんな風には感じなかったすよ」

店が出してくれたコーヒーをすすりながらアークはぼそぼそと言った。

「でも、今日のフィーさんの歌、凄かった。」

「何か…、ね、歌ってる間に人が出てきたの」

おそるおそる言ってみた。

「は?」

アークのやつ、きょとんとしている。やっぱ、言わなきゃ良かったと少し後悔した。

「幽霊でも出たんすか?」

「違うって!」

手焼き風のコーヒーカップを両手で包み込みながらアークはまたコーヒーをすすってる。

でも、そんなやつだから救われる自分がいる。

「で、それで誰だったんですか。男ですか?」

「もう、いい!…誰だっていいんじゃん」

急に恥ずかしくなって、やけになってきた。

「ああ、もう!わかったこと言わないでぇ」

アークのやつ、私のことからかってる。私がむきになるの喜んでる。

「告るんすか?」

私の心を見透かしたようにアークは言った。

「その歌の中に出てきた人、本当は好きなんですよね?だから、出てきた…」

「何言ってんの!あたしそこまで言ってないでしょ」

「そんなのすぐわかりますよ。だってそういうサイン出してる。『私のこんな気持ちわかって〜』みたいな」

……恐るべしベーシスト、アーク。かくして、彼は私が演奏中にロストしそうになったのを完全に気付いていたのだった。

それをきっかけにしばらくの間、私の恋愛遍歴と告ったかどうかが私とアークとの間で必ず話題になり、時に論争にまで発展することも多くなった。  

が、発展するのは論争だけで、実際の私の恋愛には全くの進展なし。

もちろん、告白ったりすることも…なし。

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