《MUMEI》

 数冊の雑誌を各教課室に配達して、専門教室棟と一般教室棟を繋ぐ通路を渡ると、扉夏は一階に下りる。最後に、体育教官室へと足を運び、続く柔剣道場を通り越して、上履きのまま芝生の中庭を横切る。裏手にはなるが、非常階段から直接、教室に戻ることができるからである。
「木崎、上!」
 教室棟の非常階段を上ろうとすると、頭上から馴染みの声が響いた。直後、すぐ脇に何かが落下してきて、乾いた軽い音を発て芝生に転がる。
「なんで取ってくれないかな」
 無理を言うなと見上げると、同じクラスの藤倉叶が不機嫌そうに、扉夏を見下ろしていた。
「ケータイ、繋がってたんだけど。聞いてみてよ、大丈夫?」
 落下物の正体は、髑髏のシルバーリングをぶら下げた携帯電話であった。
 仕方ないなと、扉夏が芝生の上から拾い上げて耳にあてると、低い哀しげなすすり泣きが聞こえてきた。
「大丈夫みたいだけども」
 誰を泣かしてたんだと思いつつ、二階の非常階段を上る途中で、叶に放り投げる。
「良かったぁ、無事だったか。つーか、投げんな」
 受け取った叶に笑顔が戻るが、すぐに、その綺麗に整えられた眉根が寄せられた。
「全然反応ないんだけど」
「うそ」
「電源、入らないし」
 そんなはずはない。扉夏が確かめたときには、声が聞こえたのだ。
 携帯電話の液晶画面が真っ暗になっており、ふたたび耳にあてても、今度は何も聞こえてこなかった。
 最初に拾い上げたとき、果たして液晶画面は明るかっただろうか。シルバーリングに気を取られていて、不覚にも全く見た覚えがない。けれども、声がしたはずなのだ。
「自信なくなってきた」
 扉夏が呟いた途端に、授業の予鈴が鳴り響いた。
「やば、次、移動教室じゃん」
 叶の慌てた言葉に、我に返る。午後一の授業は、地学室まで行かなければならないのだ。
 扉夏は叶と争うように駆け出した。

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