《MUMEI》

焔は漸く唇を離すと、ひなたへと向け薄く笑みを浮かべて見せる
「……喜んで、居るの?」
「そう、見えますか?」
「見える」
「それなら、喜んでいるんでしょうね。僕は」
目の前からの指摘に、否を唱える事もなく
焔はその笑みを更に深くすると、市原を床へと無造作に放り出すと
立ち上がり踵を返す
何処へ行くのか、との日向からの問いに
「……境を、確認してきます。あそこは未だ曖昧なままですから」
「これは、どうするの?」
「そのまま転がしておいてください。すぐ戻ります」
言葉通り、床に転がしたままの市原へと一瞥だけをくれてやり
焔は身を翻し外へ
ゆるり歩く事を始めながら
「……直に陽が暮れるか」
段々と薄闇に染まっていく景色を眺め見ていると
その視界の隅に、人の気配を感じる
「……お前か、影早」
「お前は、日向の……。此処で、何をしている?」
「答える必要はない」
「なら、影守は何処だ?」
「さぁな」
ゆるり現れてきた影早と対峙すればその途端空間が歪む
其処に自身が在るということすら希薄になり、足元がおぼつかなくなる
「……っ!」
空間が張りつめた、互いに距離を詰めた瞬間
人影が現れ、黒い刃物の様な鋭利な何かを喉元へと突き付けてくる
「……影守」
其処に立て居たのは、市原
双方の動きが停まった事を確認すると
そのまま焔を庇うように立ち位置を変えた
「何故、そいつを庇う?お前は影に染まった。俺の影守の筈なのに」
「影は陽の光が無ければその存在自体成り立たない」
「……っ!」
「お前たちは所詮、僕達に生かされているに過ぎないんだ」
薄ら笑いを浮かべながら、焔は向けられる鋭利なソレを直接手で掴む
退ける為、力を込めると当然、それが皮膚を裂き
黒の中に鮮やかな朱を滴らせる
「……いい色だな」
手の平を伝う朱を眺めながら、悦に入った様子の焔
停まる様子のないソレを暫く見ていた焔だったが
徐に指先でその血を掬うと、そのまま市原の口内へと押し込んでいた
「……んぅ!?」
「影法師など全て滅べばいい。そうだろう?」
市原へと同意を求めてくる焔
その指が喉の奥にまで差しこまれ
市原は息苦しさに涙を流しながら頷く事しか出来ない
「……俺の、影守だったのに」
その様を立ち尽くしたまま見ていた影早が首を垂れその場へと膝を崩す
脚元に不意に現れた影
ソレは段々と広がり、辺りを覆い始めた
蠢く影、そこから湧いてで来る人の影
その全てが海を漂う水母の様にふらりふらりといずこかへと漂い始める
「……もう我慢できない。日向の人間、お前達は僕が殺す」
「……餓鬼が。イキがるな」
牽制してくるかの様な影早へ
焔は明らかに苛立った様子で、腰を低く身を構える
「どうにもお前は気に食わない。今この時に消しておいた方がいい様だな」
「出来るのか?お前に」
幼く見えるその外見にそぐわない歪んだ笑みを浮かべる影早
焔が市原を傍らへと押しやったのを合図に
互いが地面を抉れる程に蹴りつけた
先に仕掛けたのは、焔
勢いもそのままに脚を蹴って回し
ソレは寸前で避けられ、だが焔は口元へと不敵な笑みを浮かべた
「やはり、小僧か」
喉の奥で笑う声を上げながら焔は影早を見やる
顔を見合わせ、更に笑みを深くすれば
「何を笑って――!?」
ソレが気に食わなかったのか
腹を立てた様子の影早が焔へと迫る
だがその途中、不意に影早の脚が止まる
「なっ……!?」
突然に動かなくなった脚に、影早は焔を睨みつける
「お前、何をした?」
行き成りなソレに動揺を隠す事もしないまま焔へと問う事をすれば
その焔の左手に影が群れをなしている事に気付く
その影は刃物の様に鋭利なソレへとその形をかえ
切っ先は誰に向けられるでもなく、唯地面に突き刺さっていた
「……影縫い、だと?何故、日向であるお前が……」
「俺は日向であり、御影でもあるからな」
「どういう、事だ?」
驚愕の表情で問うてくる影早へ
焔は唯無感情な表情を向けてやる
呆れた様に溜息をついた、次の瞬間
「……駄目よ、影早。その男だけは駄目」
焔と影早の間を隔てる様に一人の女性がその姿を現す
制止する女性、だが影早はその手を振り払い

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