《MUMEI》

 「二人に必要なのって、やっぱりきっかけだと思うんです」
田部との同居を始めて一か月
相も変わらず家に頻繁に出入りする美保が唐突に話を切り出してきた
行き成り何を言いだすのかと怪訝な表情をして向ければ
「お兄ちゃんって、超が付くほど鈍感なんです。だから井上さんの方からアタックあるのみですよ!」
「別に、俺、あいつの事そんな風に見てないんですけど……」
「井上さん、お兄ちゃんの事嫌いですか!?」
「い、いや、そういう訳でもないんだけど……」
嫌か嫌いかと問われてしまえば、その実そうではない
何かにつけて田部の世話を焼くのは楽しいかもしれないとさえ思っていたりする
思っては、いるのだが
ソレははたしてどういう感情なのか、井上自身解りかねていた
「〜〜もうじれったい!」
黙り込んでしまった井上を前に苛立ちを顕わにする美穂
井上の手を唐突に掴み上げ
「絶対、後悔させませんから!だから、井上さん!」
「な、何?」
「お兄ちゃんの事、好きになって下さい!」
何故これ程までに自身の恋路ではないソレに懸命なのか
一体何をp考えているのか
何一つ解らないこの状況で頷く事など出来る筈もない
「……何で?」
「え?」
「何でそこまでアイツと俺、くっつけようとする訳?俺、男なんだけど」
怪訝な表情をつい浮かべてしまえば
その途端、美穂の表情はフッと柔らかなモノに緩んだ
「……井上さんが、始めてだからですよ」
「何が?」
「お兄ちゃんが、こんなに長く誰かを近くにいさせるの」
「そう、なのか?」
「そうなんです」
ソレは一体どういう意味なのか
田部にだって過去女性の一人二人付き合ったこと位あるだろう
その事を指摘してやれば
「う〜ん。居たは居たんですけど、なんでか長続きしなくて」
「そうなのか?」
もてそうなのに、とつい一人事に愚痴ってしまえば
美穂の方も不思議気な顔だ
「お兄ちゃん、見た目は結構イケると思うんだけど、なんでなんですかね?」
「俺に聞くなって」
「そうだ、井上さん。お兄ちゃんに聞いて見てくれませんか?」
「は?何を?」
「お兄ちゃんが恋愛出来ない理由ですよ」
「……それって当の本人に聞くもんか?」
余り立ち入るべきではないのでは、との井上
美穂は大袈裟に首を横へと振ってみせながらスーパーの袋を徐に取り出した
「何だよ?これ」
持てばずしりと重みのあるソレ
中を見てみれば大量の缶ビール
一体これは何なのか
怪訝な表情を向ける事で問うてみれば
「お酒が入るとお互い口も滑らかになるかなって思って」
家から態々持って来たのだ、と随分と用意周到な美穂
その他にもつまみなどを井上へと押しつけ、そのまま身を翻す
「じゃ、お願いしますね」
満面の笑みを浮かべ、美穂は足取りも軽やかにその場を後に
その背を見送ると、井上は受け取った荷をテーブルの上へと置き
自身も腰を据えるとそれを睨みつける
「……訳、わかんね」
一体、美保は自分と田部にどうあって欲しいというのか
考えても解る筈のないソレに苛立ち
袋から勝手にビールを取って出すと、一気に煽っていた
余り酒に強くない事もあってかすぐに良いが回り
だがすっきりしない気分に更に酒を煽る
そsて袋の中のビールを半分ほど飲み干した時
田部が帰宅してきたのか、との開く音が微かに鳴った
「……お前、何やってんだ?」
顔を出してきた田部
空き缶を盛大に散らかしているその様に、怪訝な表情を浮かべて見せる
だが井上は返す事はせず、田部の顔を凝視しその腕を唐突に引いてやった
「……!?」
行き成りのソレに心構えが無かったのか
田部の身体が傾き、そのまま倒れ込む羽目に
「痛ぇな……。テメェ、何する――」
気付けば井上が田部の腹を跨ぐ様にその上へと乗り上げていて
田部は井上の顔と床に散乱するビールの空き缶を交互に眺め見
事の次第を理解したのか深く溜息をつく
「まさか、お前に押し倒されるなんてな」
「……なぁ、何で?」
「何が?」
要領を全く得ていない問い掛けに
田部が更に怪訝な表情をして見せれば
「……誰も、好きにならねぇのか?アンタ」
「はぁ?行き成り何言ってんだ?」
「答えろよ。大切な事なんだから」

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