《MUMEI》

焔の前へとその立ち位置を変えた
「……こいつは、危険だ。御影に仇なす異端者」
「そう。そして同時に、御影の人間でもある」
「そんな事は、認めない」
言い終わると同時、影早の全身を真黒の影が覆い
その姿が徐々に変化を始める
「……殺して、やる。日向」
全身を歪んだ獣の様なソレへと変えた影早
裂ける様に広がった口元からは鋭いき場が覗き、涎を大量に滴らせた
「……影早、私との約束を忘れた?」
その影早の前へと立ちはだかる女性
ゆるり歩み寄りながら何とか言って聞かそうと言の葉を紡ぐ
「かげは――」
「……煩い」
言葉も最中、突然飛び散った鮮血
瞬間、何が起こったのか
わからずに居た女性の胸元を、影早の腕が貫いていた
「……影、早。何を……」
「日向は、俺が壊す。お前は、もういい」
影早の唐突なソレに驚きを買うせずに居る少女
何故、と震える声が影早へと問う
「……お前は、俺の枷でしかなかったから」
ずるりと耳障りな水音を立てながら影早は腕を引き抜き
女性の身体をまるで物の様に放り出す
「……等々、その箍を外したか。影法師」
その様を眺め見ていた焔
見るに残酷なその所業に、だが満面の笑みを浮かべてみせる
まるでこれを待ち望んでいたと言わんばかりのソレからは
狂気ばかりが滲み出る
「主を殺すとは、本当に御影に属する者は礼儀がなっていないな」
「……」
「まぁ、主があれでは、無理もないか」
嘲笑を浮かべる焔
その声は段々と声量を増し、喉を引き攣らせるまでに鳴った同時分
影早の爪が焔へと向けられた
「……影は所詮、陽の光の、副産物」
「そうだな。そのお前が何故俺に盾突こうとする?」
「……俺は、ちゃんとした影になりたい」
「なりたい?お前は、影なんじゃないのか?」
解らない物言いだと複雑に表情を歪ませる焔
影早は向けた爪を更に焔へと突き付ける
「影法師は陽の元に出来る影の更に影だ。その存在は、(影)よりも脆い」
己が身を憂う様に眺め見る影早
朧げな自身にもどかしさを覚えたのか
奥歯を噛みしめ、焔を睨み付ける
「……影守を、寄越せ」
「何故?」
睨まれながら、だが全く気に掛ける事もなく
焔がその真意を問うてみれば
影早の姿が更に不確かなソレへと歪んでいく
「成程、そういう事か」
何かに納得したのか
影早を見下すその表情は嘲笑に緩んだ
「確かに、お前は(影)ですらない様だな」
「……黙れ。お前には、関係ない」
「まぁ、そう突っ張るな。……そうだな。俺がお前を本物の影にしてやってもいい」
「日向の人間の癖に何を……」
「僕は日向の人間というだけでは無い」
「何、だと?」
行き成り何を言い出すのか
解らない、といった様子の影早が問うよりも先に
焔の周りを突然に現れた影が取り囲み始め
そして影早同様歪んだ獣の様な姿を取り始めた
「喰ってもいいぞ。影凪」
焔の声に呼応し影凪と呼ばれたそれが影早へと迫り行く
影と影が絡み合い、影凪が影早の喉元へ見える牙の様なソレを突き立てた
鳴り響く咆哮、それは一体どちらのものか
耳に痛い程のソレが漸く止んだ頃には辺りは影ばかりに染まってしまっていた
「……僕も、行くか」
辺りを一頻り見回し焔は踵を返す
口元へと不敵な笑みを浮かべながらその場を後に
「……綺麗な、夕陽だ」
見える景色は暁の橙
仄暗い眩しさに目を細めてしまえば
その陽を背に立ち尽くしている人影が見えた
「……影、法師」
其処に立っていたのは、市原
重々しく歩いてくるその足下には大量の影が纏わりついていて
鮮やかだった橙の彩りをくすませてしまう
「……殺、す」
焔を見据える視線はないを見ているのか解らない程に濁り
ふらりふらりと焔の方へと歩み寄る
覚束ない足取りは途中で縺れ、身体が傾いた
「……そんなザマで僕を殺せるとでも?」
受け止めてくる焔の腕を振り払い、市原は己が手を焔へと差し向ける
何かをつかもうと広げられた手の平が焔の首へと伸びた
「……まだ、ヒトとしての理性が邪魔をするか」
段々と締め付けてくる手を焔は打って払えば
市原は憎々しげに焔の方を見やり
だがすぐ様身を翻すとその場から離れて行った
一体、何所へ行くつもりなのか
焔は引き留める事はせず、唯その背を見送ったのだった……

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