《MUMEI》

胸座を掴み上げ、言い迫る井上
その答えだけはどうしても欲しかった
何故、これ程まで田部の事が気に掛ってしまうのか
ソレを恋愛感情なのかもしれない、と思えば何となく納得がいった
一体いつから、どうして
きっかけは解らなかったが、そもそもそんなものは必要ないのかもしれない
ヒトを好きになるという事は(感覚)なのだ
好きになろうと意識してなるソレは決して本物などではないのだから
「……他人になんて、興味無かったからな」
「?」
暫くの間の後、不意に話す事を始めた田部
ソレが先の問い掛けに対する答えだという事に井上は気付き
酒ではっきりとしない意識の中、田部の言葉の続きを待つ
「けど、お前と一緒に暮らす様になって、少し変わった様な気がする」
「俺、と?」
「ああ。お前、面白いからな」
「俺の、何所が?」
何となく小馬鹿にされている感が否めず
若干、不手腐った様に頬を膨らませて見せれば
田部の表情がフッと緩み
井上の頬を指先で摘む左右に引っ張り始めた
「な、何すんだよ!?」
「そうそう。そうやって、表情くるくる変わるトコとか」
怒る井上に相反し、楽しげな田部
珍しく分かり易い笑顔を見せる田部に
井上は何となくだがそれを嬉しく感じ、溜息を一つで怒る事を止めていた
笑みに崩れた田部の顔が歳相応に見えて
互いの距離が一気に縮まった気がしたからだ
「……っ!」
一息つき、冷静になってみれば
井上は自身がとんでもない格好をしている事に気付き、顔を赤く染める
「……わ、悪い!」
慌てて飛び退き、寝室へと身を翻す
走り出し、だが酒の酔いによる眩暈か
歪む視界に膝を崩してしまった
「……あ、あれ?」
「……馬ー鹿」
立てない事に慌て始める井上へ
短く悪態を吐くと、溜息一つでその身体を横抱きに抱え上げ
そのまま寝室へと歩き出す
「ちょっ……!自分で歩けるって!」
言ってはみたが降ろしてくれる様子はなく
そのままベッドの上へと井上を降ろすと、田部は片膝でベッドへと乗り上げ
井上へと顔を寄せてくる
「な、何だよ?」
近すぎるソレに動揺し、上ずった声で問うてみれば
その顔が更に近く迫り
「……ちょっと、飲ませずぎたか」
額に手が触れてくる
井上より若干低い体温に心地よさを覚え
全てを委ねてみたい様な、そんな衝動に駆られる
「……美穂の奴さ」
「あ?」
「俺達に一体どうなって欲しいんだろうな」
何気なく呟いてみたそれに
田部は瞬間虚を突かれた様な顔
だがすぐに口元を緩ませながら、井上を柔らかくベッドへと押し倒した
「……っ!?」
「多分、こうなって欲しいんだろうけど」
「こ、こうなってって……!?」
突然のソレに慌て始める井上だったが
目の前には穏やかに笑みを浮かべる田部の顔
優しげなソレについ見入り、目が離せなくなってしまう
「どうする?」
「ど、どうするって、アンタな……」
当然、現実的ではないとは思う
だが一度自覚してしまった想いを無かったことになど出来ず
それでも一線を越える勇気は、今の井上にはなかった
「……悪かった。揶揄い過ぎた」
その躊躇が伝わったのか
田部は途中でやめると井上から離れていく
ホッと安堵に胸を撫で下しながらも
何となく物足りなさを感じてしまう
「俺、風呂入ってくる!」
一体自分は何を考えているのか、田部は何を思っているのか
頭の中で整理が出来ず、逃げる様に身を翻す
湯を張る事もそこそこに浴槽内へと入り
若干集めのソレに浸かる
「――もう訳わっかんねぇ!!」
考えれば考える程、自分の気持ちだと言うのに整理はつかず
ソレをもどかしく感じながら、井上はそのまま更に考えこんでしまう
「……で?見事にのぼせてぶっ倒れた、と?」
考える事に懸命になり過ぎたせいか
時間が立つ事もすっかり忘れ湯につかり続けた井上
すっかり湯中りしてしまい
這うように風呂場から出てきた井上を田部はまたベッドへと寝かせてやりながら
額にひやりとした布が宛がわれた
その冷たさを心地よく感じながら
井上はバツが悪そうに、寝かされている布団から顔だけを出す

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