《MUMEI》

「……あんだけ酒煽って熱い風呂に入りゃ当然だ。馬鹿だろ、お前」
向けられる悪態にも反論の余地はなく
唯傍らで田部の溜息ばかり聞く羽目に
だがこうなってしまった原因は田部にも少なからずあって
ソレを指摘してやろうかと言い掛けて、だが止めた
「……水、飲みたい」
言葉を発するのも億劫で、短くそれだけを言ってやれば
田部は用意していたらしいペットボトルの水を井上の額へと当ててくる
程良く冷たいソレを受け取り、一口飲めば
火照った身体が僅かだが落ち着いた気がした
「……俺の所為か?」
「は?」
「俺がさっき変な事言ったからか?」
つい先程の事を持ち出され、井上は返答に詰まる
ソレは埋まり、そう言う事だと言っている様なもので
田部は深く溜息をついた
困った様な、詫びているかの様なその顔に
井上はフッと笑う声を洩らす
「で?あれって冗談だったわけ?」
「あれ?」
「さっきの」
どうなんだ、と身を起こし言い迫れば
だが田部はないを返す事もせず、井上の頭へと手を置き軽く弾ませるだけ
ソレはどういう答えなのか
結局ないを言う事もしてくれない田部へ
井上は不手腐る様に頭から布団をかぶる
「……ガキ」
布団越しに聞こえた田部の声
笑みを含ませた声に、文句の一つでも言い返してやろうかと顔を出せば
息が触れそうなほど間近に田部の顔があった
「……!?」
「お前、本当俺とタメか?反応がガキ過ぎる」
恐らくは真っ赤になっているだろう自身の顔を想像し
井上は更に顔の朱を濃いものにする
多分、これは人生経験の違いだ
学生という枠にはまっている自分と、社会という広い世界にいる田部
その差というものはどう頑張っても埋めようが無くて
「……アンタが老け過ぎなんだて」
「そうか?」
「何か、雰囲気が老けてるって言うか、いつも草臥れてるって感じ」
何となく悔しさが勝り、精一杯の反撃に出る井上
だが不意にソレを止めると、田部の方を見やりながら
「明日、どっか行こ」
突然の申し出
行き成りのソレに、田部は虚を突かれた様な顔だ
「明日、土曜だし仕事、休みだろ?だから、さ」
そんな誘いがあるとは想像もしていなかったのか、田部は随分と驚いた顔
「べ、別に何か用があるんなら、いいんだけど……」
突然すぎたかもしれない、と慌てて言葉を変える
中々答えをくれようとしない田部に顔が赤く熱を帯びて行くのを感じていると
フッと笑みに息を吐く音が聞こえてくる
「じゃ明日、どっか行くか」
手荒く井上の頭を掻き乱しながら、態々耳元で呟く田部
言って終わると、風呂に入ってくると身を翻した
その姿が見えなくなると井上は全身脱力し布団へとまた潜り込む
「……耳元で呟くなって」
心臓にわるい、と心中でぼやきながら
たったそれだけの事で同様してしまっている自身に気付き
解らない感情に動揺しながらも先に寝てやろうと
井上は早々に音に入ったのだった……

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