《MUMEI》

 「それで?影法師は今何所に居るの?焔」
市原をそのままに見逃した後、焔の姿は日向の屋敷に在った
古びた日本家屋
至る処が朽ち、崩れる其処に
一体何処から溢れてくるのか大量の影が漂う
ソレへと一瞥をくれてやると、ひなたは改めて焔の方を見やる
「……わざと、見逃した?」
問うてやれば、だが焔からの返答はなく
その口元に、唯薄い笑みを浮かべるばかりだった
「何か、企んでいる?」
「別に、何も」
「……そう。なら、良いのだけど」
「何か、気になる事でも?」
「……今は、いいわ。兎に角、早く影法師を探して」
「解りました」
深く頭を下げると、焔はその場を後に
酷く軋んだ音を立てる廊下を歩きながら長く伸びていく影を横目見る
「……影は所詮、影でしかないか」
一人事に呟き、庭へと下りれば
ゆるりと焔へと向かい蠢く影が一つ
ソレは間近まで近づくと、段々と人の形を取り始めた
「……影法師」
現れたのは、影と共に消えたと思っていた影早
随分と朧げな姿のまま、市原を未だに捜しているかの様に辺りを見回す
「このままじゃ、俺が消えてしまう。そんなのは、嫌だ……!」
消えたくなどないのだ、との悲痛な叫び
だがその姿は滑稽にしか焔の眼には映らず
影早の首らしきところを徐に掴み上げると顔を間近に言い迫る
「……無様だな。御影の狗」
嘲笑ばかりを向けてやり、影早を掴んでいる手に力を込める
ゆるり揺らめく影早の姿
焔の手が締め上げれば締め上げる程に
その姿は朧げなソレへと変わっていった
「……散れ」
煩わしいモノだと言わんばかりに手で払ってやろうとした、次の瞬間
途端に現れた人影が影早を掴み上げ
その影ごと全てを食らい始める
「……とうとう此処まで堕ちたか。影法師」
その様を焔は軽蔑するかの様な表情で見下した
市原を此処まで貶めたのは焔自身だというのに
その眼はまるで汚らしいものを見るかの様なソレだった
「まぁ、こうなってくれれば都合はいいんだがな」
「……っ!」
口元に血の様な黒筋を滴らせながら
市原は自我を失ってしまったかの様な虚ろな視線で焔を見上げた
「……付いて来い。宴の、始まりだ」
差し出された手の平
今の市原にはその手を取るしかなく
全てを放棄してしまうかの様にゆるりと眼を閉じたのだった……

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