《MUMEI》

 「で?結局お兄ちゃん達、何もしてない訳?」
翌日、早朝
相も変わらず、慌ただしい様で美保が田部宅を訪ねてきていた
丁度、朝食時
田部は騒ぎ立てる美保を完全無視で食事を続け
井上も慣れてしまったのか、変わらぬ様子で食べ進めて行く
「……おかわり」
「はいよ」
田部は自然なソレで茶碗を井上へと差し出し
井上もまた自然にソレを受け取る
「……誰が熟年夫婦みたいな関係になれって言ったのよ」
言葉通り、まるで夫婦の様なやり取りに溜息をつく美穂へ
だが井上達は何を返し事もせず、食事を続けるばかりだ
「……もう。実際の処二人そうなの?お互いに」
どうしても気に掛るらしく、しつこく聞いてくる
井上達はどちらからともなく互いに顔を見合わせ
そして微かに笑みを浮かべる
「美穂。お前、時間いいのか?」
話題をすり替える様に時計を示してやれば
時刻は、8時
差し迫った登校時間に、美穂は慌てて身を翻した
「……もう!お兄ちゃんの甲斐性なし!」
田部へと派手に舌を出して向けながら悪態を吐くと、その場を後に
「……落着きのない奴」
美穂が去った後を眺め、溜息混じりに呟く田部
その表情を見、何故田部が自分より老けて見えるのか解った様な気がした
「……妹が、あんなだもんな」
気苦労も絶えないのだろう、と苦笑を浮かべてやりながら
井上は食べ終えた食器を片し始める
「アンタも、悠長に新聞なんて読んでる暇あんの?」
「んー。まだ大丈夫だろ」
「先に顔洗って歯磨けって。だからいつも出掛けにバタバタする羽目になんだぞ」
いくらせっついてみても一向に動こうとしない田部
最近、田部も井上との生活に濃事良さを実感したのか、朝妙に腰が重たくなり
仕方なく井上が世話を焼く羽目になっていた
「ほらネクタイ。やってやるから」
やはり動こうとはしない田部に
先にネクタイだけでも結えておいてやろうとその背後に立つ
漸く少しはまともに結わう事が出来る様になり
結わえ終わり、、離れようとしたその手を田部が不意に掴んだ
「真幸」
「な、何だよ……っ!?」
行き成りに名前を呼ばれ
動揺する暇もないままに、すっかり慣れてしまった田部の唇が触れてきた
朝から交わすキスは、朝食に食べた甘いシナモンシュガーの味
余り田部には似合わないかもしれないと思いながらも
与えられる柔らかなソレに全てを委ねてしまう
「じゃ、行ってくる」
長い様な短い様なキスの後
田部は身支度を整え仕事へと出向いて行った
その背を見送り、その場に座り込んでしまう井上
「……本当、恥ずかしい奴」
一人事に呟き、今更に恥ずかしさを自覚してしまえば
顔が、自然と赤く変わっていった
そう、一度その箍が外れてしまえば
田部はその実ひどくヒトに甘いのだ
まるで自分の中に溜めこんでしまっていた愛情を、分け与えるかの様に
そして、それを一番に与えられている自分の今の位置がひどく心地がいいのだと
井上はそう感じ始めている
「……まだ、言ってなんてやんねぇけどな」
ソレを言っていやるのはもう少し後になってから
今はまだどちらのシェアリングも始めたばかりなのだ
だからもう少し、と
自分に言い聞かせるようにまた呟くと井上も大学へと向かうため
慌ただしく身支度を始めたのだった……

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