《MUMEI》

「ここはそういう町だ」
 囁いたのは誰だろう。裏切りは富を生む。
 町の法律は機能せず、翼の欠けた魔物が常に眼下を油断なく睥睨している。
 怪しげな物品が取引され、人身でさえも例外ではない町なのだ。少女の来訪目的も他聞にもれず、威張れたものではない。窮地は、自力で乗り越えるしかなかった。
 徐々に包囲されつつあり、進行方向は男達に塞がれていた。
 手首を捕まれて、咄嗟に胸に引きつける。体を捻って腰を落とすと、相手の腕を掴んで勢いのまま地面に放り投げる。新たに覆いかぶさってくる相手の気配に、身を屈めた。力を込めて立ち上がり、背後の男の鼻頭を潰すが、多勢に無勢の抵抗は空しく、焦りばかりが募っていく。
 獲物の抵抗に男達は動揺を見せたが、結局は時間の問題であった。
 地面に頭を押さえつけられて、身動きできなくなってしまう。
「渡せる金はない」
「だから?」
 からかうような声が返ってくる。リーダー格らしい黒眼鏡の男の口元が笑う。
「連れて行け。ああ、金を忘れるな。鞄を貸せ」
 少女を押さえつけている男が、背中の鞄を黒眼鏡に渡そうとする。束縛の力が緩んだ瞬間、彼女は肘を背後にいる男の鳩尾辺りに、思い切り叩き込んだ。
「ぐえっ、このっ」
 完全に急所には命中しなかったらしく、頭に血が上った男の振り上げた拳が、少女を強かに打った。勢いに弾き飛ばされて、地面に転がる。口の中に嫌な味が残って、鈍い痛みが体中に広がっていく。
 幾つかの暴力と囲まれる気配に、体を丸めるが、痛みに意識が朦朧となりつつあった。
 無意識に、何かを掴もうと必死に伸ばした指先の向こう、包囲の壁が崩れて、丸い屋根の建物が見えた気がした。

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