《MUMEI》 一今朝、家を出掛けに、テレビで午後からの降水確率60パーセント%と言っていた。 今は、会社の昼休み。 12時21分。 窓の外を見ると、ミゾレが降っている。 部下のシオヤが、私の視線の先を見て、 「お、雪ですね」 と、話題をみつけて、みょうに嬉しそうに言う。 シオヤの雪にまつわる思い出話に、いつものように相槌を打つ。 私は、食べかけの仕出し弁当を箸でつつく。 「あまり食が進まないようですね」 シオヤは雪の話を切り上げて、私の顔をのぞき込む。 「う?まあ、な」 シオヤは、よく、思い出話を語る。 タイムリーな話題が出ないでもないが、 仕事にまつわる話以外、たいてい思い出話で、それらの中のシオヤや、その仲間達は、最高に輝いている。 しょっちゅう殴り合う話になる。別のグループや仲間どうし殴り合う。 今日のは、丸太を使ったバナナスノーボードの話で、シオヤとその一行は、骨折したのにも気付かずに雪山を満喫したらしい。 前に、別の部下達が付けたシオヤのアダナを偶然耳にしたことがある。 シオアジ。 シオヤジ、つまり、塩オヤジから変化したものらしい。 不快なアダナだ。 塩味という言葉が、何の罪も無いのに、シオヤ味という言葉へ、自動的に変換されてしまう。 シオヤは、皆から、嫌われている。 私も好かれてもいないのだろうが、 少なくともシオヤよりはマシらしい。 これを知ってから、私はシオヤが嫌いになった。 最初の内は、哀れみと優越感も感じたが、今はただ嫌いだ。 だが、私はシオヤを遠ざけないし、嫌悪感のようなものを態度に出さないようにつとめている。 彼は努力家で、 彼の場合、悪く言えば奴隷根性だが、 少し努力に酔うというか、ひけらかすきらいがあるものの、 雑用や私的なことまで、何でも引き受けてくれて、それらをコツコツとこなしていく。 経験をいかし、だんだんと仕事ぶりも要領が良くなっているようだが、 その分、目に見えて老けていく。 そのうち擦り切れてしまうのだろう。 もし出世したいのなら、私についていてもダメなのだが。 嫌いだから。 時々、早く擦り切れてしまえとも思う。 |
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