《MUMEI》

 夢を見ていた。
 父親から聞いた、少女が生まれる前の世界の話だ。
 気の遠くなる程の昔日、兵器や武器による戦争が数度に渡って行われた。世界は疲弊し、人類も衰弱して健康を害していく。やがて、病の流布。度重なる長い戦争によって衰退してしまった文明では、病に抵抗する完全なる術はなかった。
 残された人々により、ささやかな幾つかの世代交代が繰り返される。
 人の体内に潜伏して、病の遺伝子は受け継がれていってしまったのだろう。
 今、病は慢性的なものであり日常に同化していた。発病しても、急激な病状の変化は訪れないが、じわじわと緩慢に体を蝕んでいき、いずれ必ず死へと至る。
 不治の病と呼ばれる所以であった。
 噂が流れたのは、事態を好転させる救世主ともいうべき万能薬の開発による。多額の金で取引されるという薬は、限られた者にしか幸福をもたらさなかった。
 手に入れられる場所は、ある特定の場所だけだと知られている。
 突出して奇妙な建物ばかりが、旧時代の遺物として残っている不気味な土地であった。
「後生だから」
 父親は病床で訴えた。どこに蓄えられていたのか、金の詰まった袋を渡されたのだ。母親はすでに亡く、後妻に納まっていた女は父親の傍らで、その手のひらを握り締めていた。彼女は微笑み頷きながらも、未練たっぷりの視線を金の袋に注いでいた。
 少女は悔しさに唇をかみ、微かな塩の味に、涙が零れていることに気がつく。
 何の音だろう。
 規則正しく刻まれる。小さいが、はっきりした音。 涙、雨だろうか。音を発てるのは雨に打たれた物質だ。心の臓。鼓動は、自らが体内で反響している。
 耳を澄まして、等間隔に打つ音を意識してみると、鈍い痛みを後頭部と腹部の辺りに感じた。何気なく手のひらでなすった頭の部分が、膨らんで熱を持っている。
 自覚した痛みのおかげでようやく少女は覚醒した。

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