《MUMEI》

「ここは」
 見覚えのない、暗い部屋に自分がいることに首を傾げる。見上げると、妙に天井の位置が高い。残った痛みに顔をしかめて、自分以外の誰かが室内にいることに気づく。
 大きな机があって、背を向けて座っていた人物が、声と気配に振り向いた。
「命拾いしたね」
 感情のわからない低い声だ。片眼鏡をしている。
「あんたが助けてくれたのか」
 意識を失う前、男達の向こうに見たと思った何かが思い出せない。
 彼女は大事なものの所在を探し、視線を巡らせる。
「君が助かった代わりに、金はないよ。暴力は苦手なんだ」
 片眼鏡の男が、探しものを軽々と投げて寄越した。
 聞こえた言葉に、鞄の中に腕を差し入れるが、間違いなく何の手応えもない。
「ありがたく思ってくれ。金より命だろう」
「でも。金がなければ、薬が買えない」
 どうして金を取り返してくれなかったのか。
 身勝手とわかっていながら、彼女は非難がましい視線を男に向けて、心中罵っていた。
「あ、そう。へぇ、薬が欲しいのか」
 気にした風でもなく、男が立ち上がって近づいてくる。意外に背が高いことに気を取られて、動けなかった。
「金なんてなくても、薬は手に入れられる」
 表情のない男の唇の片端が、少しだけ上がったのは、微笑みのつもりなのだろうか。
 彼女の頬に、大きな手のひらが添えられた。
「この町では簡単なことだよ」
 最初と違って限りなく優しい声音に聞こえるのに、今度は間近に迫った男の瞳が恐ろしくて、動けない。ゆっくりと体が押し倒される。

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