《MUMEI》

 手放した筈の意識が、段々と戻って来た様な気がした
長時間眠っていたかの様な倦怠感を全身に感じながら身を起こせば
ソコは、見慣れた自分の部屋だった
「……俺、一体どうなってんだよ」
記憶が、朧げでまばら
辺りを見回して見ても、そこは自身の部屋でしかなく
だが何故かしっくりと来ないものを感じてしまう
「……影法師」
不意に背後から聞こえてきた、か細い声
驚きに身体を更に震わせ、ゆるり振り返ってみれば
其処にひなたが、居た
「……焔を、知らない?」
探しているのだと淡々と問うてくるひなたへ
当然、知る由もない市原は緩く首を振ってみせる
「そう。……何所へ、行ったのかしら」
「……あいつ、居ないのか?」
問うてみれば、今度は頷いた
伏せて見せたその顔は不安なのか、歳相応の少女に見えた
「焔を、探して。お願い!」
「な、なんで俺が!?」
「あなたはの影は、焔と大体繋がっているから」
言って終りに、足下を指差す
見てみれば、室内にも関わらず色濃い影が足元
その影は何故か歪に歪んでいる
一瞬の後、その影はひとりでに動き始めた
「……!?」
「後を、追って。早く!」
急かされるがまま、市原はその影の後を追い始める
外へと出てみれば、だが市原は自身の脚が地面を踏んでいるという感覚が無かった
まるで脚が消えて失せて行く様なソレに不安を抱きながら
市原は自身の影を追い、街中へと繰り出した
何一つ変わらない、町の雑踏
その中にあって市原だけが酷く朧げだ
「……俺、何所に居るんだよ」
誰かに、気付いてほしい
自身は、此処に入るのだという事を
感じる孤独に耐え兼ね、膝を抱え蹲ってしまえば
「……八雲?」
背後から、知った声が聞こえてきた
向いて直ってみれば、そこに立っていたのは仕事の相方
見慣れたその姿に、市原の表情が安堵に緩んだ
「……ど、どうしたんだよ、八雲!?」
緩んだのは、表情だけではなく
何故か涙腺も一気に緩んでしまったらしく、涙があふれ始める
「……悪い。何でも、ない」
暫くして、落着きを取り戻すと市原は立ち上がる
何も、変わってはいない
まだ、自分は自分として此処に在る事が出来ている
ソレが何よりも嬉しいと感じられた
「……俺、お前の事好きだぞ。最高の相方だと、思ってる」
「はぁ?」
市原の突然のソレに、相方は怪訝な顔
だが市原にはそんなやり取りさえも嬉しいと感じられる
まるで、日常が戻ってきたかの様だ、と
(……そうはさせない)
「!?」
頭の中に、直接的に響いてきた声
市原はハッとし、弾かれるように背後を振り返ってみる
が、ヒトの気配は無い
「八雲。お前、本当大丈夫か?」
どうにも様子のおかしい市原へ
相方は更に怪訝な顔を浮かべて見せる
取り敢えずは大丈夫を返そうとした矢先
相手の足下、伸びる影が目に付いた
「……っ!」
ゆらり、揺れて見える影
市原はまるでそれに吸い寄せられるかの様に
その場へと膝を崩す
そして、地面へと直接手触れさせたかと思えば
市原はその影へとゆるり吸い込まれ始める
「や、八雲!?」
有り得ない光景に、相方は当然に慌て始める
取り敢えず引き上げなければ、と市原の手を取ろうとした寸前
横から伸びてきた別の手が市原のソレを取り、素早く引き上げた
「何を、している?」
虚ろにしかモノを映さない視界の中
目の前の相手の顔ばかりははっきりと見えた
「……ほ、むら?」
震える声でその名を呼べば
焔は市原の身体を抱き起こし、影を睨め付ける
「……生きて、いたか。影早」
その声に反応するかの様に影が蠢き
徐々に、ヒトの形を取り始めた
「お前は、やはり邪魔をするのか」
全てが顕になり、現れたのは影早
焔が珍しく、あからさまに嫌な顔を浮かべて見せる
「……寄、越せ」
ヒトの声ではない様な歪んだそれが聞こえた、その直後
影が突然にその形を変え始める
巨大な穴の様に広がり
其処にあるもの全てを飲み込み始めた
「……!?」

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