《MUMEI》

 携帯のアラームが設定していた時刻に正確に鳴った
その音に気付き、作業していた手を止めた木橋 広也は
掛けていた椅子からゆるり立ち上がる
「……俺、大学あるから、もう行くぞ」
短くそれだけを伝え、その場を後にした
学業の傍ら、家の会社での雑務をこなす日々
もうすっかり慣れてしまった事とは言え
余りの忙しさに、たまに抜け出してしまいたくなる
「あ、広也君。今から授業?一緒に行こ」
大学へと到着すれば顔馴染みに声をかけられる
返すのは常にばれない程度の、愛想笑い
うわべばかりの付き合いで
ソレでさして不自由さは感じてはいないのだから、それはソレで構わない訳で
だが、ごく稀に、本当に極たまにはなのだが
不意に寂しいと感じる事があった
「ね、広也君。今夜、暇、ある?」
「何?何かあんの?」
「うん!合コン!ね、広也君も来てよ」
この手の誘いは少なくない
行けば人の中に自分が在って、寂さを感じる事が無い
だから興味など無いのだが、いつも出向いてしまう
「別に、いいけど」
「本当!?じゃ、場所とか時間とか、後でメールするね」
嬉しげな彼女を横目見ながら
木橋は気付かれない様溜息をつくばかりだ
「じゃ私、こっちの教室だから」
後で、と手を振って来る彼女
木橋も手を振って返し、その姿が見えなくなるとすぐ様手を降ろしていた
「何、やってんだか」
愛想ばかりがいい自分
いい加減、嫌気がするのに、どうしてもやめられずに居る
人生は楽しんだ方が勝ちだとは、誰が言った言葉か
周囲に全く興味を抱く事が出来ないのであれば
一体、どう楽しめばいいのか
そんな事を考えながら
さして面白くもない授業を眠気と戦いながら聞き
漸く全ての授業が終了
同時に携帯がメール着信に鳴った
合コンの場所と時間の連絡
了解した旨をすぐに返信し
その時間までぶらつく事でもしてやろうと、木橋は街へと出向いて行く
目的もなく本当に唯歩いて歩いていると
携帯着信音が鳴り響いた
相手は、父親
どうせ仕事絡みの電話でしかないのだろう、と
今はそんな気分にはなれず電源を切る
「馬っ鹿みてぇ」
閉じた携帯を鞄の中へと放り入れ、暫く街中をふらつく
暫く歩いていると喉が渇きを訴え、木橋は手近な自販機へ
ポケットに突っ込んである財布から小銭を出そうともたついていると
後ろから不意に伸びてきた手
その手が硬貨を投入していき
少し位待てないものかと後を振り返ってみれば
「ジュース、どうぞ」
見ず知らずの男一人
自身で投入した硬貨で何を買う事もせず
そのまま身を翻し、その場を後にした
「何、だよ。あれ……」
訳が分からず、その場に立ち尽くす木橋
暫く後、勿体ない、とジュースは買わせて貰い
のらりくらり集合場所へ
「あっ、木橋君てば、遅い〜!」
既にほかの面子は集まっており、木橋到着を待っていたらしい
簡単に詫びを入れ、皆と揃って店へとはいる
始まる宴会と、他愛のない男女の会話
だが、どれもやはりつまらない
「ねぇ、木橋君。飲んでる〜?」
既に出来上がってしまっている周りの連中に絡まれ
やはり来なければ良かった、と煩わしさばかりを感じてしまう木橋は徐に席を立つ
何所か行くのかとの問いかけに
「……トイレ」
短く返し、店の奥にあるそこへと向かう
途中、突然に手首を掴まれ、当然驚いた木橋はそちらを見やる
「ジュース、飲んでくれた?」
見れば、偶然か相手はつい先程会った人物
木橋の手首を掴んだまま、離す様子はない
「……手、離せよ」
「何で?」
その必要はない、と言わんばかりの相手
自分はトイレに行きたいのだ、と言って返せば
「それ、嘘でしょ」
指摘され、掴まれたままの手を引き寄せられたかと思えば
相手の横へと座らされていた
「な、何すんだよ!?」
「つまらなさそうな顔、してたし。俺と飲まない?」
奢るからと微笑みを向けられ
グラスに入った酒をすすめられた
一体、この男は何を考えているのか
全く理解が出来ず、怪訝な表情をして返す木橋
半ば自棄になり、その酒を一気に煽った
「――!?」

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