《MUMEI》

「樹好きよ。」
唇を重ね合う。彼女のこの言葉が真実とは限らない。



「解らない」
樹は何に対して言ったのか、彼女か、自分か、アヅサか、アラタか、


または誰にでもないのか。

全ての思考の扉を一枚一枚遮断し快楽に身を任せてゆく。
そこから意識は途絶え、アヅサに代わる。

樹も秘密は幾つか持っている。だから強く詮索しない若菜を選んだのだ。



そして彼女には絶対言えないことがある。

樹は若菜を抱いたことがないのだ。


いつもアヅサが代わりに相手をしていた。


彼女は愛しい、だからこそ触れられず、そんな自分を情けなくも思っていた。しかし、正常に機能していることは確かで、彼女からの不満もなく、アヅサがそれなりにやっているのだろうと言い聞かせてきたのだった。


自分の意思では使いたくない理由がある。
アヅサが殺され樹は近所の白い目から逃れるべく母方の姓を名乗り、今の地域に落ち着いた。


樹は明らかに父親似で、母を自分を苦しめている元凶に近付く成長を恐怖を止めることは出来なかった。
高校に上がるとその父譲りの漆黒の髪を染めた。一種のトラウマからである。



そして誰も傷付けない、壊さない、殺さないという誓いでもあった。



大塚幸太郎は化野アヅサを犯し殺し首を切り取り、その首をどこかへ隠したまま自殺したのだ。

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