《MUMEI》 旅支度を整えて戻ってきた女は、自動二輪に跨がっていた。 機械の後部には畳んだ毛布が重ねられていて、簡単な座席となっている。 片眼鏡の男に赤銅色の平たい容器を渡されて、運び屋の女は黙って荷物にしまい込んだ。 彼女の、仕事の一つなのだろうか。 問い質すことは、できなかった。 「さて、案内は頼んだよ。最短距離でよろしく」 最初に故郷の名称と位置を聞かれて、以後、少女は自動二輪の荷台から振り落とされないように、運び屋の腰にしがみついているのが精一杯の道中であった。 疾駆する機械のおかげで徒歩の旅では、考えられない速さでの帰郷となったのである。 一歩、室内に踏み込んだ瞬間に、少女は家中の嫌な空気を嗅ぎ取っていた。 まるで体温を持つ者が誰もいないような静かな家。 「父さん?」 誰もいない、物音も聞こえない部屋を進み、一番奥の部屋へと辿り着く。 彼女の視線の先、寝台の上には、痩せ細り、ひどい顔色をした男が横たわっていた。 「間に合わなかったのか」 信じられなくて言葉にしてみるが、目前の現実に対する実感が全く伴わない。 背後にいた運び屋の女が、何か促すように少女の肩に触れた。 「馬鹿野郎、何で戻ってきた」 気がつくと男が目を見開いて、自分を睨んでいた。 父親は、まだ死んでいなかったのだ。 「薬を持ってこいって、あんた言ったじゃないか」 懐から薬の包みを慌てて取り出すと、起き上がれない男に見えるように突きつける。 「ほら。これであたしはあんたを助けてやることができる」 少女は父親を見返してやるためだけに、違法の薬を手に入れた自分に泣きたくなった。 前へ |次へ |
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