《MUMEI》

 彼女が幼い頃、病気だった母親を禄に看病もせず、男は死に追いやった。
 恥ずかしげもなく命乞いし、薬をくれと娘に頼むなんて笑わせるではないか。
 始めから、彼に薬を渡すつもりはなかったのだ。
「お前なんぞに人は救えない」
 弱々しい声は、はっきりと少女を糾弾していた。
 後妻にも見捨てられた様子の哀れな男に、なぜ自分は、ひどい言葉を浴びせられているのだろう。
「万能薬なんて、あるはずないだろう。体よく、お前を厄介払い、する口実だったんだ。まぁ、女にも、逃げられちまったけどな。どうせ、役には立たない」
 苦しいのか、男は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
 彼はもう決して、彼女の顔を見ようとはしない。横たわり真上を見つめながら話し、強く目をつむった。
「嘘だ。本当に手に入れたんだ。今、あんたに飲ませてやるから」
 水を汲みに行こうとするのを、黙ったままだった運び屋の女が止めた。
「血管に注入するんだよ。飲み薬なんかじゃない」
 怪訝な顔つきの少女を置いて、女は荷物の中から、赤銅色の容器を取り出してきた。
「べっぴんさん、無駄だよ。もう、何をやっても」
「確かに末期のようね。でも楽にはなるでしょう?」
 平たい容器の中から紙巻煙草がつまみ出される。
「専用の道具を今は持っていないのよ。成分は似たようなものだから、これで代用になる」
 全てを受諾する何者かになってしまったかのような父親は、何も言わなかったし身動きもしなかった。
 火をつけて渡された煙草を、時間をかけて深く吸い込む。
 間もなく、目を閉じて荒い息をしていた彼の、静かな寝息が聞こえ始めた。
 本当に眠ってしまったようだった。

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