《MUMEI》 父親は目覚めと眠りを繰り返し、次に目覚めたときに、少女の名を呼んだ。 「お前は俺の子じゃない」 「知ってた」 少女が答えると、父親は驚いた顔をした。今まで自分が気づいていないと思っていたことの方が、驚きだった。本当の母親が遺言のように事実のみを告げてから、逝ったのだ。 「お前は全く俺と関係のない人間だ。こんな病人を看病する必要なんてない。何をしたって、どこに行ったって自由なんだ。文句を言う奴なんていない。意味、わかるだろう?」 半分、夢を見ているように小さな声で呟く。 最後に、もう少し何か言ったように聞こえたのは、空耳だろうか。 ふたたび眠りについた彼は、以後、二度と目覚めることなく、亡くなった。 「何でも治る薬なんじゃなかったのか」 眠っているような父親の亡骸の前、少女は立ち尽くす。 「一体何だったんだ。あの薬は」 紙巻煙草を吸入した後、痛みが和らぐのか、父親は随分穏やかな顔をしていた。治るのかもしれないと期待してしまう程、異常な効き方であったのだ。 「飛尾鳥夢の正体はね。…‥‥鴉片」 運び屋の女は、効能は鎮痛と催眠だと続けた。 本来は常用性があり危険な薬だというが、父親の場合、そんな暇もなかった。 果たして、自分達は正しい選択をしたのだろうか。 「世界には今のところ、万能薬なんてものないよ」 女がぽつりと呟く。 結局、父親が言った通りになってしまった。 理を捻じ曲げようとする行為は、傲慢だったのだろうか。 全能なものなんて、存在しなかった。 でも、探求することを間違いだとは思いたくない。 前へ |次へ |
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