《MUMEI》

 少女は運び屋の女に、ふたたび依頼する。
 自分を朱門の町に、もう一度連れて行ってくれと。
「働いた分は体で払ってもらわないとね。どうせ金はないんでしょうから」
 しばらくは彼女の運び屋事務所で只働きだと、告げられる。
 横暴のようだが、ありがたくもある。埋葬した故郷には、もうすでに何もなかった。
「じゃあ、出発するよ」
 走り出した自動二輪は、少女の家を、町並みを、あっという間に見えなくして疾走する。振り落とされないように、運び屋の腰にしがみついて、彼女は背後を振り返らなかった。
 自動二輪で朱門をくぐると、不思議にも懐かしい感覚がした。
 遠くに円蓋型の建物が見える。
 少女が町で暴漢に襲われて、気を失ってから初めて目を覚ました場所は、丸い屋根の建物だった。天井が高かったのは、丸天井の所為であった。
 彼女は片眼鏡の男が話していたことを思い出す。運び屋の女が走る機械を取りに行っている間に、聞いてみたのだ。
 何か目的があった建物なのか?
「星を観測するための施設だったらしいね。もう動かない機械の塊がそこらに転がってる」
 大部分を分解して、別の機械の部品に使ってしまったのだと、彼が肩をすくめる。
 運び屋の女は、彼を技術者と称したが、科学者のようでもある。
「星を機械で見る?」
 可笑しなことをしていたものだ。見上げれば、すぐそこに星は見えるのに。
 少女は微笑み、思う。
 男が丸天井を見上げて、目を細めると、続けた。
「星は何でも知っている。彼らは、何十万年、いや何百億年もの太古の昔から連綿と続く営みの証言者だ。今、頭上で輝く星達は、世界の進化も衰退も全て目撃したんだろうね」
 ならば現在は、衰退しているのか、進化しているのか。
 恐らくは誰にもわかりはしない。

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