《MUMEI》 終自動二輪の支えを立てて、乗り心地の悪い荷台から降りた少女は、目前の原色で彩られた建物を、口を開けたまま見上げていた。 「あんた騙したのか」 「何が?」 機械を駐車したのは、銭湯の入口玄関前であった。しかも毒々しい色で塗られた柱の建物であれば、只の湯屋ではない。 「運び屋だって言ったろ?遊女になれって言うのか」 「あなたじゃなれないと思うけど」 女の半眼となった瞳と視線に、少女は自分の平坦な胸を見下ろす。一旦は安心するも妙な憤慨感が込み上げて、思わず砂を蹴る。 「ここの一番上が、事務所なのよ」 仕事場は競い合い林立する群像の一つ、銭湯の四階であった。 一階は町民の憩いの湯、二階は湯女のいる趣味的な場。三階では男達が博打をし、四階にある事務所には、時に厄介ごとが持ち込まれるという。 「差し当たっての仕事は、あたしの助手かな。いや、やっぱり屋内の掃除?」 運び屋の女は何やら唱えながら、先に建物の中に入っていく。 少女は懐に残ったままだった、一辺の紙包みを握りしめた。 聞きたいこと、言いたいことはもちろん沢山あるが、今は問い質さないつもりだ。 朱門の町の得体の知れない連中と、やっていこうと決めたのだから。 悲鳴を上げているような音で軋む階段へと、足を踏み出す直前。 強い風が吹いて、少女は背後を振り向いた。 誰かが確かに囁いた。 「頑張れ」 終幕 前へ |
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